#35 ルナアル 『にんじん』 ~雪ノ下ニ、愛ヲ~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

第35回目。寒くなってきましたね、風邪など引いていませんか。この前、実家で温かいポトフを食べさせてもらいました。大きく切ったにんじんが、僕の皿にだけごろごろと盛られていました。にんじんが嫌いな母は、変わりないようでした(笑)。

 


にんじん (岩波文庫)

 

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#35 ルナアル 『にんじん』 ~雪ノ下ニ、愛ヲ~

フランスの作家ルナアル (Jules Renard, 1864~1910) の代表作にんじん (Poil de Carotte)』。髪の毛が赤く、そばかすだらけの顔をしているため家族全員から「にんじん」とあだ名で呼ばれている少年の物語です。『赤毛のアン』の男の子版と言えなくもないのですが、こちら「にんじん」一家はシニカルで荒んだ雰囲気の中、血縁者同士の愛情もほとんど感じさせない――それだけに、妙にリアルな家族像の裏側を考えさせられる作品です。

出典:ルナアル作/岸田国士訳 『にんじん』岩波文庫, 2007年第78刷

 

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ルピック夫妻には、三人の子どもがいました。長女のエルネスチイヌ、長男のフェリックス、そして末っ子の「にんじん」。物語を読み進めていくうちに本名が出てくるのかなと思っていましたが、結局彼は最後まで「にんじん」でした。家族の中で彼だけが浮いた存在であることは、ルピック家のアルバムを見ても分かります↓

姉のエルネスチイヌと兄貴のフェリックスは、立ったり、腰かけたり、他処行きの着物を着たり、半分裸だったり、笑ったり、(・・・)

「で、にんじんは?」

「これのはね、ごく小さな時のがあったんですけれど……」と、ルピック夫人は答えるのである――「そりゃ可愛く撮れてるもんですから、みんな持ってかれてしまったんですよ。だから、一つも手許には残ってないんです」

ほんとのところは、未だ嘗て、にんじんのは撮った例しがないのだ。

(p. 244-245)

いまだかつて撮ったためしがない。……撮ったけれど捨てたという話なら、まだしも情が感じられます。

意地悪な想像ですが、ちょろちょろと動き回る末の子が入ってこないように他の子どもたちだけを写真に収めるには、親はそれ相応の「労力」を傾けてシャッターを切ったことでしょう。これなら『人間失格』の子ども時代の大庭葉蔵みたいに、一人だけ奇妙に笑っている異質な存在だとしても、家族と一緒に並んで写っているだけ上等というものです。

それでは家族全員が寄ってたかってにんじんをいじめているのかと言うと、少し違います。

父親や姉などはいくらか同情を示すこともあり(基本的には我関せずの姿勢ですが)、兄貴のフェリックスはずる賢くて傲慢なところもありますが、自分が常に優位に立っているのでわざわざ弟を目の敵にはしません――それをしているのは、母親のルピック夫人なのです。

ルピック夫人は、体罰はもちろんのこと、他の二人の子どもの嫌がる仕事をにんじんに押し付けたり、彼の寝室用のトイレ壷をわざと隠したりと、陰湿ないじめを繰り返しています。おそらくは物心ついた時からこうだったのでしょう、表立って反抗することのできないにんじんには、自分を押し殺して他人の顔色をうかがう卑屈な態度が染み付いていたのです。

彼は固く禁じられてでもいるように、決してお代りをしない。一度よそった分だけで満足しているらしい。だが、もっとあげようといえば、それは貰うのである。飲みものなしで、彼は、嫌いな米を頬張る。ルピック夫人の御機嫌を取るつもりである。一家のうちで、たった一人、彼女だけは米が大好きなのである。

(p. 88-89)

自分をいじめる母親の機嫌を取ってでも「いい子」を演じるにんじん。しかし心の底では、他の誰でもなく、やはり母親の愛情を欲しているのだということも伝わってきます。そんな愛憎入り混じった泥沼の母子関係は、物語の最後まで続くのです。進展があるとすれば、物語の終盤、にんじんが母親のことを、

「おれはお前が大嫌いなんだ!」

(p. 242)

と大声で叫ぶところでしょうか(本人の前ではありませんが)。これによって彼が母親への心的依存を完全に断ち切ることができたのかといえば、そうではないと思います。母親との関係はこれからも変わらない、けれども今後はそのことに真っ向から向き合っていこうという、にんじんの決意と悲しみの叫びのように、僕には感じられました。

にんじんの父親をはじめ、時にはにんじんの味方になってくれる人間でも、結局のところ彼らはみな自分本位で、自分の立場や状況を犠牲にしてまで他の家族の人間を助けようとはしません。同じ屋根の下に暮らす家族とはいえ、人はみな孤独なのだということも、物語のテーマの一つになっているように思います。

最後に――雪の下で育った甘くて栄養価の高い人参を、ふと思いました。愛情の冷え切った家庭で育ったにんじんは、人の心の痛みを身をもって体験してきました。けれどもいつの日か、その痛みを自身のやさしさと強さに変えて、彼が将来築くかもしれない家庭にたくさんの明るい愛情をそそぐこともまた、非現実的な話ではないわけです。

ルナアル『にんじん』を、よろしければ読んでみてください。

それでは。

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