#24 フィッツジェラルド 『バーニスの断髪宣言』 ~流行に巻き込まれて~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

24回目。この夏に世を賑わせた某位置ゲーなどもそうですが、単なる遊びにしても社会的な影響力が大きいと、一個人としてのほほんと無関心でいるのって案外むずかしい……などと、今回ご紹介する100年前の小説を読んでいても、同じようなことを思ったりします。

ジャズ・エイジの物語―フィッツジェラルド作品集1
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#24 フィッツジェラルド 『バーニスの断髪宣言』 ~流行に巻き込まれて~

ヘミングウェイと並び「失われた世代」を代表するアメリカ人作家、フィッツジェラルドF. Scott Fitzgerald, 1896-1940)。彼の代表作『グレート・ギャッツビー』をはじめ、華やかさの中にも破滅的な雰囲気を感じさせる作品をイメージされる方も多いと思います。

今回ご紹介するフィッツジェラルド初期の短編「バーニスの断髪宣言Bernice Bobs Her Hair, 1920は、第一次大戦後の好景気を迎えたアメリカの1920年代(いわゆるジャズ・エイジ)を生きた若者たちの、イケイケでちょっとおバカな日常を描いたユーモアあふれるお話です。

出典:『ジャズ・エイジの物語 フィッツジェラルド作品集1』荒地出版社、昭和63年第8版より、寺門泰彦 訳「バーニスの断髪宣言」

 

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ジャズの喧騒に満ちたダンスパーティで、たくさんの異性と踊ること。それが当時の若者たちの社交界での流行でした。本命の恋人とだけしみじみと寄りそって踊るような雰囲気などこれっぽっちもなく、「一晩に十二回も相手をかえて踊る蝶ちょのような」女の子がモテていました(p. 57)。

マージョリーはまさにそんな蝶ちょのような女子で、おバカな男子どもから熱狂的に支持されていました。一方、彼女の従妹のバーニスは気立ての良い古風な娘で、パーティでは愚直にも同じ相手とばかり踊り、男子とのきわどい会話にうろたえて赤面してしまう生真面目な性格の女の子です。

マージョリーとバーニス、お嫁さんにするならどっちと聞かれれば、答えは言うまでもありません。が、それと「流行」はまったく別問題。バーニスは見る目のない男どもから退屈がられ、社交界ではさっぱりイケてない事実に彼女自身ひどく落ち込んでしまいます。そんな彼女に対しマージョリーは、

「ほんとにお馬鹿さんね、あなたって人は。あなたのような娘がいるから退屈で灰色の結婚がなくならないのよ。女らしさという美名でもてはやされるあのぞっとするような不能率がなくならないのよ。」

(p. 65)

と、容赦のないダメ出し。挙句の果てにはバーニスの長い髪をばっさり切るべきと面白半分に提案します。それを真に受けたバーニスは、社交界で人気者になるため、意を決して断髪宣言をします。面白がった男子たちは一転、彼女に注目するのです。

話題性のある者に群がって退屈をしのぐ平凡な心理の犠牲となったバーニス。それまで男どもの人気を欲しいままにしていたマージョリーが、バーニスのこの予想外の「活躍」を目の当たりにしたことで、事態はさらにややこしくなっていきます。

……かわいそうなバーニス、本当に髪を切ってしまうの? いくらみんなの注目を惹くためとはいえ、それがキミの本当に望んでいたことなの? そんなことを考えながら物語の続きを読んでいくと、ちょっぴり胸が痛みます。

彼女の顔の何よりの魅力はマドンナのようなあどけなさにあったのだ。それを失ってしまった今、彼女は――

(p. 78)

世の中の一時的な熱狂に「無理に」付き合ってしまったバーニスの行く末を、皆さんはどう思うでしょうか。物語の最後には、ちょっとしたドンデン返しが起こります。僕的には、かなりスカッとします。我らが悲劇の女王バーニスのためにも、ひとまずはその結末を大いに楽しんであげましょう()

それでは、今日はこれにて。

 


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#23 魯迅 『故郷』 ~希望を探して~

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23回目。これからお盆休みに帰省される方も多いと思います。新幹線や高速バスなどの車窓から見えてくる懐かしいふるさとの風景に思いをよせて……その旅のお供に、魯迅「故郷」はいかがでしょうか。

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇: 吶喊 (岩波文庫)
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#23 魯迅 『故郷』 ~希望を探して~

生まれ故郷への思いというのは、歳を重ねる度にいろんな意味で重みを増してくるものですよね。そんな気持ちを簡潔な文章で、切実に呼び起こしてくれるのが、魯迅ろじん 1881-1936)の「故郷」です。

僕自身、実家に帰る前にどうしても読み返しておきたい一作です。下記の岩波文庫には「村芝居」という短編も収録されています。「故郷」と似たような雰囲気の作品なので、こちらもおすすめします。

出典:魯迅 作/竹内好 訳 『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊)』 岩波文庫、2011年第84刷

 

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皆さんにとって、故郷とはどんな場所ですか? 子供の頃、僕は夏と冬に田舎の実家に帰るのが嬉しくて仕方がありませんでした。当時はまだ元気だった祖父母、親戚のみんな、そして幼なじみの親友に会えるのが人生最高の楽しみでした。

嬉しいこと、楽しいことだけを与えられていた子供にとって、故郷はたしかに夢の国でした。けれどもあれから十年、二十年と経つうちに、状況は変わります。家の経済事情、介護――そういった責任を担う立場にある現在、僕にとっての故郷は少なくとも夢の国ではなくなりました。

私のおぼえている故郷は、まるでこんなふうではなかった。私の故郷は、もっとずっとよかった。(・・・)そこで私は、こう自分に言いきかせた。もともと故郷はこんなふうなのだ――進歩もないかわりに、私が感じるような寂寥もありはしない。そう感じるのは、自分の心境が変わっただけだ。

(p. 85)

これは主人公の「私」が二十年ぶりの故郷の地に立った際に思ったことです。彼の帰省の目的は実家を手放すための財産整理などの雑務であって、つまりは「故郷に別れを告げに来た」のです(p. 86)。

「私」には、子供の時に仲良くなった「閏土(ルントー)」という親友がいて、今回の帰郷で「私」は彼との再会を果たすのですが、二十年という歳月は二人の関係を大きく変えてしまいました。ただ嬉しい楽しいだけの故郷ではないという大人の現実が、切実に伝わってくる場面です。

ここで僕自身、幼なじみの親友と故郷で十数年ぶりに再会した時のことを思い出します。どうしても、子供時代とはちがうんですよね。二人とも、今という動かしがたい生活があって、苦労や信念があって……「○○ちゃん(アダ名は昔と同じ)も大変だね」って互いに交わす言葉が、やっぱり重くて。

そういう「重さ」は、物語でも終盤まで続きます。そんな中、最後の二段落あたりに「希望」という言葉が何度も出てくるのがとても印象的です。いったいどんな「希望」を抱いて、主人公は故郷に別れを告げるのか……是非とも作品を読んで、皆さんそれぞれの答えを見つけていただけたらと思います。

今は寒いけどな、夏になったら、おいらとこへ来るといいや。おいら、昼間は海へ貝がら拾いに行くんだ。赤いのも、青いのも、何でもあるよ。

(p. 89)

これは僕が文庫本に線を引いて折にふれ読んでは癒されている、子供時代の閏土のセリフです。ちなみに僕の故郷も、海辺のさびれた村にあります。色とりどりの貝がらみたいな、小さくてきれいな「希望」を胸に抱いて、この夏も故郷に帰るとします。

皆さんも、帰省する道中は(車を運転される方は特に)お気をつけて。それでは。

 


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