#4 モーパッサン 『初雪』 ~コレガ、ワタシノ女心~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

第4回目。今宵はフランスの、ある意味怖い話です……

 


モーパッサン短篇選 (岩波文庫)

 

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#4 モーパッサン 『初雪』 ~コレガ、ワタシノ女心~

短編小説が好きな人間としては、モーパッサンを素通りするわけにはいきません。 フランス文学はあまり詳しくないので概説的な話はできませんが、その代わり純粋に僕の視点で本作品を語らせてもらえればと思います。

フランスのモーパッサンGuy de Maupassant, 1850-1893)という短命な作家の残した、簡潔でキレのある短編小説群。その中から今回ご紹介する「初雪(原題:Première Neigeは、作者の故郷ノルマンディが一部舞台です。タイトルに相応しい、はかなさと、ある種の潔さを読後に与えてくれます。こういう作品を紹介していると、「本」と「人」との出会いも一期一会なのだなと感じたりします。

出典:高山鉄男編訳『モーパッサン短篇選』岩波文庫(2002年第1刷)

 

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「紺碧の海」「白亜の別荘」「穏やかな陽気」――物語の冒頭に描かれる情景は、地中海に臨む南仏カンヌのクロワゼット通りです。季節は冬ですが、冷たい風も吹かず、家々の庭にはオレンジやレモンが実り、人々はのんびりと遊歩道をあるく……

そんな美しい町並みを、なんだかひとり、異様な雰囲気をかもし出している若い女が、海に向かってフラフラと歩いていきます。ちょっと近づいてみましょう。

「青ざめた顔つきは、まるで死人のようだ。咳きこむと、精も根も尽きさせるようなこの咳をとめようとするかのように、透けるほど白い指を口もとにもっていった。」 

(p. 130)

まるで南国に迷い込み病気になってしまった雪女のような、みじめな、この名前も語られない女性こそが、短編「初雪」のヒロインです。

彼女は肺を患い、冬の間、療養のためにカンヌに来ていたのですが、もはや治る見込みはありません。春が来る頃には、自分はもうこの世にはいない。そんなことを思いながら、彼女は穏やかな微笑を浮かべてこう呟きます――「ああ、わたしはなんて幸せなのかしら」(p. 131)

もともとパリ娘だった彼女が、小洒落たシニシズムか何かをきめこんで、このような台詞を口にしているわけではありません。彼女は本気で言っているのです。それというのも、彼女は夫のもとに――嫁ぎ先の北国ノルマンディに、文字通り死んでも帰りたくないからなのです。

パリで育った彼女にとっては、広大な農場と自然に囲まれた田舎貴族の古めかしい館に嫁ぎ、夫の他に話し相手もおらず、冬はじとじと雨ばかり降るノルマンディ地方で暮らすのは性に合わなかったのでしょう。

が、そこは問題ではありません。彼女の気持ちを理解し、寄り添ってくれる人間がひとりでもいたならば、ノルマンディとて住めば都となったはず。

その点、不幸にも彼女の夫アンリは全然ダメでした。狩猟だの農事だの、彼女には馴染みのない話題を一方的に押しつけ、ひとりよがりの幸福観に妻が同調してくれていると信じてやまぬオメデタイ人間なのです。

北国の厳しい冬の寒さに耐えかねた彼女が、部屋に暖房装置(スチーム)を入れてほしいと頼んでも、夫は「俺は平気だから」とか「ここはパリじゃないんで」と一蹴。自分の気持ちも理解されず、欲しい物ひとつ与えてくれない……

心の孤独は募るばかり。ノルマンディの冬がますます嫌いになってゆく。そうして、彼女の夫への恐ろしい愛の復讐劇(?)が始まるのです。

「私は中央暖房(スチーム)の装置が欲しい。だからそれを手に入れてやる。暖房装置をつけざるを得なくなるほど、咳をしてやるのだ」

「咳をしなけりゃいけないんだ。そうすれば夫だって自分のことをきっと可哀相に思うにちがいない。それなら、咳をしてやろう」

(p. 142、下線部分は原典ルビ)

「復讐」ですから、仮病をつかうとか、そんな中途半端なものではありません。彼女は冬の屋外を裸足で歩いたり、素肌に雪をこすりつけたりして自らを痛めつけていくうちに、やがて本当に手の施しようがないほどの重篤な肺炎にかかります。

医者の命令で直ちに暖房が設置されましたが、もはや治療の役には立たず、彼女は暖かい南仏に送られ、あとは静かに死を待つばかりの身となったのでした。

「今ではもう女は死にかけていて、自分でもそれを知っている。それでも女は幸福である。」

(p. 146)

こう淡々と描かれると、読む側も「ああそうか、彼女は幸せなんだな。」と納得してしまいます。C’est la vie.(コレモマタ、人生)――そんな達観と共に、彼女に対する親近感すら湧いてきます。

彼女は、夫を心から愛していました。だからこそ、己の命をなげうってでも、夫を困らせ、苦しめ、振り向かせようとしたのです。そんな彼女に届いた、夫からの見舞いの手紙がこちらです↓

「元気で過ごしていることと思う。さぞかし、ぼくらの美しい土地に早く帰りたいと、思っていることだろうね。(・・・)数日前から霜がおりだした。(・・・)ぼくはこの季節が大好きだ。だから、きみのあのいまいましい暖房装置は作動させないでいる……」

(p. 147)

この男、未だに何も分かっちゃいないのか、あるいは、妻の愛情表現に対する苦し紛れの皮肉をまじえた返礼のつもりなのか。それはもはや、夫婦同士にしか分かりませぬ。これ以上、立ち入るのも野暮かと。

確かなことと言えば、こういった類の駆け引きにおいては、男は女の足元にも及ばない、ということでしょうか(笑)。

ぜひぜひ、ご一読ください。

 

 

#3 村山亜土 『コックの王様』 ~夢ミテエダ!~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

第3回目です。今夜のメニューは、イタリアン。

 


コックの王様 (集団読書テキスト)

 

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#3 村山亜土 『コックの王様』 ~夢ミテエダ!~

小学生のときに学級文庫で読んだ作品です。特に読書好きな子供ではなかった僕が何気なく手に取った、この『コックの王様』その後の僕の興味関心のルーツとなったと言えるくらいに運命的な出会いだったと、今となっては思います。

子供向けの、分量も少ない戯曲(演劇の脚本)形式の作品なので、例えばこれからシェイクスピアなんかを読んでみたいと考えている中高生や若い方々にとっては、形式に慣れ親しむという意味で本作品は手軽な入門書としてもおすすめです。

出典:村山亜土『コックの王様』全国学校図書館協議会(2007年改版第2刷)

 

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『コックの王様』は1949年の作で、児童劇作家の村山亜土むらやま・ あど、1925~2002)さんによって書かれました。三幕からなる戯曲で、ルイ14世期のフランスが舞台となっています。といっても、登場人物たちはみんな貧しく陽気な庶民たちです。

作品の冒頭にて、「フランスの古い童話より」と書いてありますので、原典はフランス文学となるのでしょうが、詳細はよく分かりません。同じく冒頭で「フランスのセント・デニー町」が舞台とありますが、これはおそらくパリ北部郊外のサン・ドニ(Saint-Denis)のことではないかと思われます。

この「セント・デニー町」の町角にある「ブラーミー料理店」にて物語は始まります。

主人公のアントアーヌは、ブラーミー料理店で働くコック見習いの少年。主人のブラーミーのだんなにこき使われながらも、同じコック見習いの相棒トーマスと共に懸命に働いています。そんな毎日に、トーマスなどは、「この店から逃げ出せるなら、仕事がなくて死んだって構わない」とまで嘆く始末。

その点アントアーヌは、どこか夢想家というか、楽天的なところがあります。ブラーミーのだんなにぶん殴られた直後に、窓の外を宮殿の馬車が通るのを嬉しそうに眺めたり、トーマスの愚痴を聞いている最中に突然、窓辺に咲いた雪割草がきれい、なんて言い出したり。

変わり者というよりは、どんな境遇にあっても人生を楽しもうとする性格なのでしょうね。

アントアーヌは努力家でもあります。お店が休みの日は、世界中の珍しい料理の作り方が書いてある本を熱心に研究して、こっそり自分で試作しているのです。ちょっとそのレシピを覗いてみましょう↓

「良きスープの中にイタリーのマカロニをほどよくにるべし。ちょっと味わい、次にてきとうの、このてきとうっていう所がむずかしいんですよ。(・・・)てきとうのバター・チーズ・こしょう・香料を入れるべし。チーズの十分とけたる時、全部を他のいれ物に移し、かきまわしつつとろ火にて煮るべし。」 

(p. 21)

全体的にてきとう過ぎて意味不明ですが、これが当時小学生だった僕の食欲中枢を大いに刺激し、「ボクもつくってみたい!」と思わせてしまったのです。お湯の沸かし方もまだ知らない時に、です。

それでもすぐに作ってみたくて、母親にお金を貰い近所のスーパーで材料を買ってきて、さっきのてきとうなレシピすらよく読まずに、大鍋に水と具材をぶち込んで作ってみたところ、これがとてもぬるくて味の薄いコンソメスープに、固いマカロニと全然溶けていないプロセスチーズが不気味に浮かんだ地獄汁になったのでした。

それからまもなくして家庭科の授業で調理実習が始まるころには、僕は料理が趣味(得意ではないけれど)になっていました。そして、料理の楽しさを知るきっかけになった「本」のことも、大好きになったのです。

アントアーヌの作る例のマカロニ料理は、いったいどんな味がするのでしょう? 僕が作った地獄汁よりはきっと美味しいのでしょうけれど……

「だが、アントアーヌ。よく聞け。いってえぜんてえ、料理なんてえものは本で勉強するなんてえもんじゃねえんだ。近頃の小僧っ子ときたらなんでもかんでもすぐ本だ。(・・・)だが、料理はそんなもんじゃねえ。(・・・)じゃ、いってえ誰が教えてくれるんだ?親方さ。(・・・)そういう偉え親方ん所で、永え間、奉公して料理を教えていただくんだ。(・・・)さあ、分かったら調理場へさっさと行った。」

(p. 22-23)

若いアントアーヌに、親方の言葉はどう響いたのでしょうか。夢を追う若者、という現代にも通じるテーマでこの物語を結末まで読んでみると、この口やかましいお説教が改めて重みを増してくるような気もします。

以上、今回は「学級文庫」のご紹介でした。是非ともご一読を。