#25 カポーティ 『おじいさんの思い出』 ~始まりと別れ~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

25回目。アメリカの作家カポーティTruman Capote, 1924-84)と言えば、やはり『ティファニーで朝食を』でしょうか。でも白状すると、僕はその小説を読んでいませんし、映画も観たことがありません。あまりに有名すぎる作品だと、逆にいつでも入手できると思い延々と保留してしまう……悪いクセです(-_-;)

おじいさんの思い出(単行本)
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

 

★     ★     ★

#25 カポーティ 『おじいさんの思い出』 ~始まりと別れ~

カポーティの作品を実はほとんど知らない僕がご紹介する、『おじいさんの思い出I Remember Grandpa。作家としてまだキャリアの浅い20代前半のカポーティが、彼の叔母さんのために書いた作品です(下記出典の村上春樹さんのあとがきより)。

家族のあり方を子どもの目線でシンプルに描いた本作品は、一見すると地味で、現代の読み手には物足りない部分もあるのかもしれません。けれども、いつの時代にもごく自然に受け入れられる、素朴で良質な感動を与えてくれる一冊であることは間違いありません。

出典:トルーマン・カポーティ:作/村上春樹:訳/山本容子:銅版画 『おじいさんの思い出』 文藝春秋, 1990年第11刷

 

★     ★     ★

山のふもとの農家の男の子ボビーは、先祖代々暮らしてきた家を離れ、両親とともに山向こうの町に引っ越すことに。けれどもその新しい生活のためには、大好きなおじいさんとおばあさんを古い家に残して行かなければなりませんでした。

季節は冬のはじまり。出発を目前にひかえた一家はもう、楽しげな会話に花を咲かせることもありません。これまでずっと支え合って生きてきた家族が離れ離れになってしまう寂しさが、物語の冒頭からひしひしと伝わってきます。

人というものは一度離れてしまうと、それでもうおしまいになっちまうものなんだとおじいさんは言った。

(p. 14)

おじいさんがボビーに言ったこの言葉は、単純ですが、とても重く心にひびきます。距離的なことだけで言えば、ボビーはおじいさんに、山を越えていつでも会いに戻ることができるのです。

そもそもボビーの両親が家を出ると決めたのは、一家の稼ぎ手である父親の農業収入の安定のため、そしてボビーを学校に通わせ、将来生活に困らないようきちんと教育を受けさせるためでした。

そのことで互いに反目していた父親とおじいさんの心の溝が、もはや修復不可能だということが、先のおじいさんの台詞からも伝わってきますし、それが作品全体の雰囲気を表していると言っても過言ではありません。

末長い幸せのため、経済的な生活基盤をたしかなものとすることは大事です。が、それとひきかえに、人は時としてかけがえのないものを代償としなくてはならないこともあります。

家族の絆というかけがえのないものを失うことの辛さ、苦しさは、この作品の登場人物たちも、そして僕たち読者も、はじめから嫌という程分かりきっていることだと思います。

それでも、何かを犠牲にして何かを手に入れなくては次に進めないような状況に、僕たちは人生の要所要所にて直面し、半ば混乱しながらも乗り越えて行かなくてはならないのかもしれません。

「(・・・)俺はボビーや君や、僕ら三人のために良かれと思ってやっているだけなんだよ」

(p. 30)

そう考えると、ボビーの父親のこの台詞もまた、おじいさんのそれと同じくらいの重みを感じさせます。

……結局、誰が悪いとか、誰が間違っているとか、そういうことではないんですよね。みんなそれぞれ、自分なりの考えをもって、愛する人たちと出来るだけ長く幸せでいたいと願っている。

カポーティ『おじいさんの思い出』を読んで、しみじみとそう感じました。秋の夜長に、是非とも読んでみてください。それでは。

 


おすすめ文学作品リスト
https://shinovsato.biz/recommendation-list/

佐藤紫寿 執筆・作品関連の記事(更新順)
https://shinovsato.biz/category/information/works/

 

#24 フィッツジェラルド 『バーニスの断髪宣言』 ~流行に巻き込まれて~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

24回目。この夏に世を賑わせた某位置ゲーなどもそうですが、単なる遊びにしても社会的な影響力が大きいと、一個人としてのほほんと無関心でいるのって案外むずかしい……などと、今回ご紹介する100年前の小説を読んでいても、同じようなことを思ったりします。

ジャズ・エイジの物語―フィッツジェラルド作品集1
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

 

★     ★     ★

#24 フィッツジェラルド 『バーニスの断髪宣言』 ~流行に巻き込まれて~

ヘミングウェイと並び「失われた世代」を代表するアメリカ人作家、フィッツジェラルドF. Scott Fitzgerald, 1896-1940)。彼の代表作『グレート・ギャッツビー』をはじめ、華やかさの中にも破滅的な雰囲気を感じさせる作品をイメージされる方も多いと思います。

今回ご紹介するフィッツジェラルド初期の短編「バーニスの断髪宣言Bernice Bobs Her Hair, 1920は、第一次大戦後の好景気を迎えたアメリカの1920年代(いわゆるジャズ・エイジ)を生きた若者たちの、イケイケでちょっとおバカな日常を描いたユーモアあふれるお話です。

出典:『ジャズ・エイジの物語 フィッツジェラルド作品集1』荒地出版社、昭和63年第8版より、寺門泰彦 訳「バーニスの断髪宣言」

 

★     ★     ★

ジャズの喧騒に満ちたダンスパーティで、たくさんの異性と踊ること。それが当時の若者たちの社交界での流行でした。本命の恋人とだけしみじみと寄りそって踊るような雰囲気などこれっぽっちもなく、「一晩に十二回も相手をかえて踊る蝶ちょのような」女の子がモテていました(p. 57)。

マージョリーはまさにそんな蝶ちょのような女子で、おバカな男子どもから熱狂的に支持されていました。一方、彼女の従妹のバーニスは気立ての良い古風な娘で、パーティでは愚直にも同じ相手とばかり踊り、男子とのきわどい会話にうろたえて赤面してしまう生真面目な性格の女の子です。

マージョリーとバーニス、お嫁さんにするならどっちと聞かれれば、答えは言うまでもありません。が、それと「流行」はまったく別問題。バーニスは見る目のない男どもから退屈がられ、社交界ではさっぱりイケてない事実に彼女自身ひどく落ち込んでしまいます。そんな彼女に対しマージョリーは、

「ほんとにお馬鹿さんね、あなたって人は。あなたのような娘がいるから退屈で灰色の結婚がなくならないのよ。女らしさという美名でもてはやされるあのぞっとするような不能率がなくならないのよ。」

(p. 65)

と、容赦のないダメ出し。挙句の果てにはバーニスの長い髪をばっさり切るべきと面白半分に提案します。それを真に受けたバーニスは、社交界で人気者になるため、意を決して断髪宣言をします。面白がった男子たちは一転、彼女に注目するのです。

話題性のある者に群がって退屈をしのぐ平凡な心理の犠牲となったバーニス。それまで男どもの人気を欲しいままにしていたマージョリーが、バーニスのこの予想外の「活躍」を目の当たりにしたことで、事態はさらにややこしくなっていきます。

……かわいそうなバーニス、本当に髪を切ってしまうの? いくらみんなの注目を惹くためとはいえ、それがキミの本当に望んでいたことなの? そんなことを考えながら物語の続きを読んでいくと、ちょっぴり胸が痛みます。

彼女の顔の何よりの魅力はマドンナのようなあどけなさにあったのだ。それを失ってしまった今、彼女は――

(p. 78)

世の中の一時的な熱狂に「無理に」付き合ってしまったバーニスの行く末を、皆さんはどう思うでしょうか。物語の最後には、ちょっとしたドンデン返しが起こります。僕的には、かなりスカッとします。我らが悲劇の女王バーニスのためにも、ひとまずはその結末を大いに楽しんであげましょう()

それでは、今日はこれにて。

 


おすすめ文学作品リスト
https://shinovsato.biz/recommendation-list/

佐藤紫寿 執筆・作品関連の記事(更新順)
https://shinovsato.biz/category/information/works/