#11 ビアス 『チカモーガの戦場で』 ~現実への進軍~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

11目。アメリカ文学としては2作目のご紹介です。

ビアス短篇集 (岩波文庫)
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#11 ビアス 『チカモーガの戦場で』 ~現実への進軍~

アメリカの作家・ジャーナリストのアンブローズ・ビアスAmbrose Bierce, 1842-1914?)。南北戦争に参戦した経験をもとにした作品群をはじめ、切れ味鋭い短編小説の書き手として現代までその名を残しています。今回ご紹介するビアスの短編 『チカモーガの戦場で (Chicamauga, 1889)は、その題名から、テネシー州チャタヌーガ南東の小川チカモーガ・クリークにて繰り広げられた南北戦争の激戦のひとつ、「チカモーガの戦い (Battle of Chickamauga, 1863年9月)」を題材とした作品と考えられます。

出典:大津栄一郎編訳 『ビアス短篇集』 岩波文庫、2002年第2刷

 

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チカモーガとは、先住民チェロキー族の言葉で「死の川」を意味します(ブルース・キャットン著 『南北戦争記』 バベルプレス, 2011 p. 173参照)。南北両軍に多くの死傷者をもたらした当時のチカモーガ・クリークには、いにしえの呼び名通りの凄惨たる光景が広がっていたことが想像されます。

作品冒頭の淡々とした描写は、戦いの前の不気味な静けさを感じさせます。主人公は農民の子である六歳ほどの男の子。木で作ったおもちゃの剣をふりまわしながら、近くの森で想像上の敵を相手にひとり戦争ごっこをして遊んでいます。勇猛果敢に進軍する男の子は、

「川の岸からさらに奥へと進むと、急に、新たな、いっそう恐ろしい敵に遭遇しているのを知った。(・・・)一匹の兎が体をまっすぐ立て、耳をまっすぐ立て、両前足を体の前で宙に浮かせて、座っていた。」

(p. 115)

そのウサギに驚き、泣いて逃げてしまうのです。臆病な子供と言ってしまえばそれまでですが、薄暗い森の中で出逢った(多分まっ白な?)ウサギは、この世のものとは思えない異様な雰囲気をもって子供の目に映ったはずです。

森の中の子供とウサギ。幻想絵画を思わせる、現実と夢のはざまを描いたような情景は、男の子の無知と、それ故に大人とは比べ物にならないほど繊細な感受性を表現しているように思えます。

ウサギから逃れた男の子は、川近くの岩陰で眠り込み――目が覚めたとき、そこは本物の戦場と化していました。事態を正しく理解できない男の子は、傷を負い撤退する大勢の兵士たちが森の中を這い進んでいる光景を目の当たりにしても、ちっとも恐がりません。それどころか、

「彼らの間を自由に歩き回って、(・・・)子供らしい好奇心でひとりひとりの顔をのぞきこんだ。彼らの顔はどれも異様に白く、多くのものの顔には赤い血の縞ができ、血の固まりがついていた。(・・・)彼(男の子)は彼らをみつめながら笑い出した。」

(p. 119、下線部分は補足)

顔面蒼白で血を流している男たちの容貌から、サーカスの道化のメイクを連想して可笑しがっているのです。無垢な故に、戦争を理性的に知る大人の目には地獄絵図そのものでしかない光景にさえ、純粋な美しさを見出しているのです。

けれども、そんな男の子とて現実を突きつけられる時がやってきます。男の子の戦争ごっこがいつまでも彼を幻想の世界に留めておくほど、現実は遠い存在ではありません。では、何をもってその幼い幻影の世界が打ち砕かれるのか。

その答えは、自らが指揮官となって血まみれの兵士たちの先頭に立ち、川をわたり森を抜け、そうしてたどり着く進軍の果てのリアリティ――物語の結末にて、皆さんそれぞれ、見つけてみてください。

それでは。

 


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モヒート解禁

新潟のメキシコ料理店 「エル・ミラソル」 さんにて。

 

モヒート

キューバで生まれた、メキシコでも人気のカクテル 「モヒート(Mojito)」 が今年も夏メニューに登場です。

まずはそのまま、ライムの酸味を味わって、半分近くまで減ったらストローでミントをぐしぐし潰して存分に香りを楽しむのが僕は好きです。甘さもかなり控えめなのでお料理とも合うと思います。

さて、キューバが舞台の小説で真っ先に思い浮かぶのは、ヘミングウェイ『海流のなかの島々 (Islands in the Stream)』 です。

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ヘミングウェイの作品でもとりわけお酒やカクテルが頻繁に登場し、多くの登場人物たちによってガンガン飲まれます。飲まなくてはやってられない、大人の人生の悲哀と情熱をぐちゃまぜにしたような物語なのです。

主人公トマス・ハドソン(そしてヘミングウェイ自身)がこよなく愛するカクテルの一つが、フローズン・ダイキリ。作中ではだいたいダブルサイズ・砂糖抜きで飲まれています。

モヒートと同じく、キューバ発祥のラム・ベースのカクテルです。どちらも甘くないのが基本かと。お酒も人生も。

「良いシャンペンある?」

「あるが、実にうまい地元のカクテルがあってな」

「らしいわね。今日は何杯飲んでる?」

「分らん。十一、二杯かな」

〈沼澤洽治訳 『海流のなかの島々』 新潮文庫(平成19年34刷) 下巻 p. 130より〉

こんな会話を交わしながら、さりげなくモヒートを注文してみてはいかがでしょうか。飲み過ぎてお店に迷惑かけてはだめですよ。

以上、「実にうまい地元のカクテル」のご紹介でした。是非ともお試しあれ。

それでは。