2018年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

明けましておめでとうございます。

年末年始はいかがお過ごしでしたか? 僕はとにかくゆっくり休みました。今は時差ボケみたいに身体がしんどいです(笑)。

大晦日の夜からゆっくりモードに突入しました。クラシック・ハイライトの最後の方で「モルダウ」がかかって、いい気分で布団に入って、何かいい本を読んで年を越そうと思い「方丈記」を手に取りました。

 


方丈記 (岩波文庫)

 

ゆく河の流れは絶えずして、……

モルダウの余韻もあったので、冒頭のその一文を見て、胸がいっぱいになりました。そのうち除夜の鐘がかすかに聞こえてきて――ああ、幸せだなと、しみじみ感じました。

いかなるわざをしてか、しばしも此の身を宿し、たまゆらも心をやすむべき。

そんな作者の憂いをよそに、ここまで読んで寝落ちしてしまいました(笑)。

能天気なおじいちゃんのような年越しでしたが、おかげさまでリフレッシュできました。

今年はブログも創作も、とにかくたくさん書いて発表したいと思っておりますので、皆さま、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

それでは。

 

#38 ディケンズ 『クリスマス・キャロル』 ~忘レテイタダケ~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

第38回目。クリスマスって、なんだろう。この時期ふと抱いた疑問に、昔読んだこの本が改めて答えてくれたような気がします。

 


クリスマス・キャロル (新潮文庫)

 

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#38 ディケンズ 『クリスマス・キャロル』 ~忘レテイタダケ~

イギリスの小説家ディケンズCharles Dickens, 1812-70)の『クリスマス・キャロルA Christmas Carolは、クリスマスをテーマに扱った数多くの古典の中で最も有名な作品の一つです。有名な作品ほど、若い頃に一度読んだきり放置しているケースが僕的には多いのですが、やっぱり読み返すと印象が当時とちがいますね。にぎわいの少し落ち着いたアフタークリスマスに、いかがでしょうか。

出典:ディケンズ作/村岡花子 訳 『クリスマス・カロル』 新潮文庫, 平成7年第85刷

 

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主人公のスクルージという男は、金儲けしか頭にない、心の冷たい人間と言われていました。クリスマスの前夜、街は年に一度のよろこびに満ちていましたが、スクルージは薄給でこき使っている若い書記の仕事ぶりをいつものようにねちねちと監視しながら、寒くて陰気なオフィスで仕事をしていました。

金儲けにならないクリスマスなんぞ馬鹿げていると愚痴をこぼし、生活できない奴らは牢屋か救貧院へ行けばいいと言い放ち募金を拒否し、挙句の果てには、戸口にやってきてクリスマスの歌をうたおうとした男の子に向かってものさしを振り上げ威嚇する……何がそんなに気に入らないのか、スクルージ氏のクリスマス嫌いは計り知れません。

ケチで冷酷で人間嫌いのがりがり亡者スクルージ老人

と、新潮文庫の裏表紙にそこまで書いてある(笑)のですが、そのがりがり亡者がクリスマスイヴの夜に幽霊たちと出会い、自分とその周辺人物たちの過去と現在、そして未来の姿を垣間見せられ、このままではいかん、と性根を入れ替える――あらすじとしては、そんなところです。

けれども十数年のブランクを経て久々に読み返してみると、僕はこのスクルージ氏に対して少なからず共感を抱いてしまったのでした。

スクルージは行きつけの不景気な居酒屋でいつもの通りの不景気な食事を済まし、ありったけの新聞を読みつくしたあとは、銀行の通帳を出して眺めていたが、やがて我が住居へと寝に帰った。

(p.22)

一人暮らしの気難しさが表れているというか、この一文を読んだだけでも、どうも彼を憎む気にはなれないんですよね。僕自身も食費はかなり節約しますし、夜に帰宅する時間をだらだらと遅らせることもありますし、お金が増えるわけでもないのに通帳を穴が開くほど眺めるのもよくやります(笑)。

これは経済的な要因というよりも、むしろ一人で生活している人間特有の無意識のクセと言った方が近いかもしれなくて、つまりは生活全般の孤独なのです。クリスマスムードに浮き立つ人々に対して斜に構えて悪態をつくのも、寂しさの裏返しに他なりません。

物語の最後には、スクルージはクリスマスと人々を心から愛する人間に生まれ変わるのですが、彼は実際、物語のずいぶん早い段階(第二章「第一の幽霊」)でも、昔の職場の上司が自分にしてくれたささやかな親切に対する素直な感謝の気持ちをはっきりと思い出しています。

「あの人の力は言葉や顔付だけのものだったにしてもですよ、それが勘定にもはいらないような、小さな事柄の中にあった力だとしてもですね、あの人が私たちをしあわせにしようとしてくだすった苦労は、一財産投げ出してやってくだすったのと同じですよ」

(p.58-59)

スクルージさん、分かってるじゃないですか(笑)。分かっていても、人生の険しさや世の中の不条理から、ついつい心にもない悪態をついてしまう――彼はどこにでもいる、臆病で、打たれ弱くて、根は善良な人間だったのでしょうね。

一人の人間が「心を改める」というよりも、むしろ「心を開く」物語と捉える方が、この物語を再読する僕にはしっくり来ます。もしかしたら、がりがり亡者になりかけていた今の僕だからこそ辿り着いた答えだったりして(;’∀’)

僕は特定の信仰を持つ人間ではありませんが、クリスマスは、他人への感謝の気持ちを忘れない(思い出す)日なのかもしれないなと、ふと思いました。もちろん、クリスマスに限らず、常日頃からそうありたいとは思っているのですが、なかなかどうして(苦笑)。

何はともあれ、ディケンズ『クリスマス・キャロル』を是非とも読んでみてください。それから、今年も一年ありがとうございました(※思い出したように)。

こんなブログですが、今後もひっそりと、しぶとく続けてまいりますので、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます_(._.)_

それでは。