黒マスクと太宰

毎日、黒いマスクを着用しています。最近はとても暑いので、人通りの少ない屋外では鼻だけ出しています。同じデザインの布マスクを、洗い替えで6枚持っています。下着と同じ感覚です。洗濯する度に、少しずつ痛んできました。

マスクの色というと、やはり白が多いようですが、僕は黒しか着けません。汚れが目立たない、どんなファッションとも合わせやすい、等の理由もありますが、黒の方がクラシカル&ノスタルジックな印象があるというのが一番の理由です。

イメージだけではなく、実際、昭和14年に発表された太宰治の作品にも、黒いマスクが出てきます。懶惰の歌留多(らんだのかるた)という短編(↓の作品集などに収録)に、こんな文章があるのです。


新樹の言葉 (新潮文庫)

 

それから、また、机の引き出しを、くしゃくしゃかきまわす。感冒除けの黒いマスクを見つけた。そいつを、素早く、さっと顔にかけて、屹っと眉毛を挙げ、眼をぎょろっと光らせて、左右を見まわす。なんということもない。マスクをはずして、引き出しに収め、ぴたと引き出しをしめる。

(平成20年第29刷、p.16)

小説を書こうと机に向かう筆者が、作業に身が入らずに、引き出しから耳かきを取り出して耳掃除をしてみたり、マスクを出して意味もなく着けてみたり、などという他愛もない内容です。

感冒、という言葉、今ではあまり耳にしなくなりました。昔、風邪薬のコマーシャルなどで聞いた記憶があります。作中の黒マスクの実物がどんなものかは知りません。耳かきなんかと一緒に引き出しにごちゃごちゃ入れているあたり、どこの家庭にもあった普段使いのマスクなのでしょう。

太宰兄が黒マスクを着用して、あの太い眉をきりっと上げて、眼をぎょろぎょろさせるところなど、想像すると楽しいです。彼が現代に生きていれば、こういう日常をSNSに投稿して読者サービスなどしてくれそうな気もします(笑)。

昭和初期には既に存在していたとおぼしき黒いマスク。復刻版とかあればよいのに、などと考えたりもします。もちろん、マスクの要らなくなる日が一日も早く訪れることが何よりです。

それでは。

 

 

戦時中に生まれたお伽話

6月に受けた英検は不合格でした。英検バンドという得点の目安みたいなものによると、「G1-2」とのこと。一次試験合格まであと2歩という意味のようです。昔の英検にはこんなの無かったですよね。今度から僕には不合格とひと言伝えてもらえれば十分です(笑)。

さて、戦争を振り返る時期として、テレビでも連日様々なドキュメンタリー番組を目にします。戦後75年。戦争体験者が年々少なくなっていく中、その思いを受け継ぐ世代の共感力と想像力がいよいよ問われているのだと痛感します。文学は、その一助に必ずやなると思っています。

この時期に読みたい太宰治の『お伽草紙』をご紹介します。


お伽草紙 (新潮文庫)

 

浦島太郎やカチカチ山など、誰もが知っている4つの昔話のリメイク的作品集です。これらの作品は、意外にも戦争末期の昭和20年3月から7月にかけて書かれたものです。空襲に見舞われるさなか、作者が防空壕の中で子どもに昔話を読み聞かせていた時に着想を得たと言われています。

苦しい状況下でも作家としての本分を貫いた、まさに命がけの作品です。むしろ死を身近に感じることで生まれる、すべてを悟ったような落ち着き(作中の言葉を借りれば「聖諦」)がそうさせるのでしょうか、太宰の作品の中でもとりわけ明快なユーモアに富んだ作風になっていて、読む者の心をほんわかと和ませてくれます。

あなたが私を助けてくれたのは、私が亀で、そうして、いじめている相手は子供だったからでしょう。亀と子供じゃあ、その間にはいって仲裁しても、あとくされがありませんからね。

(平成30年85版、p.292)

僕が一番好きな「浦島さん」はこんな感じです。この亀が、上記のごとくべらべらとよく喋る大変な理屈屋で、頭の回転がおそろしく速い。助けられた身の遠慮などどこ吹く風で、恩人の浦島をコテンパンに論破しまくるのです。

亀の言葉で名言集が作れそうなほど、読んでいて何度もはっとさせられます。そこには、作者の体験者としての戦争への思いも見え隠れしているように思います。是非とも読んでみてください。

話を私事の英検に戻して恐縮ですが、次回の受験も申し込みました。今は今で大変な時代ではあるけれど、自分のやりたいことに挑戦できる環境にあることを当たり前と思わず、覚悟を決めて勉強を続けます。亀の言葉も後押ししてくれます。

疑いながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲るのも、その運命は同じ事です。どっちにしたって引返すことは出来ないんだ。試みたとたんに、あなたの運命がちゃんときめられてしまうのだ。人生には試みなんて、存在しないんだ。やってみるのは、やったのと同じだ。

(p.295)

自分が今やっていることに、あと少しばかりの強い信念が欲しい。僅差であれば、合格か不合格かの違いはそんなところにあるのかもしれません。

それでは。