#34 小山清 『おじさんの話』 ~絆の配達夫~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

34回目。秋も深まってまいりました。わびしさという言葉の似合う季節が、僕にこの本を手に取らせます。本当に好きな作家の作品は、誰にも教えたくない。それでも伝えなくてはと思うのは、僕もおじさんになったから( ´ー`)y-~~

 


(↑画像からAmazonの商品ページに移動します)

 

★     ★     ★

#34 小山清 『おじさんの話』 ~絆の配達夫~

小山清(1911~1965)というと、太宰治と関係の深い作家の一人として思い浮かべる人も多いと思います。僕自身も太宰を片っ端から読んでいた時期に知りました。有名な作家の作品や人生を追っていると、その作家と親交のあった人物にも愛着を持つことがありますよね。僕は小山清の作品と、太宰治の存在をまったく抜きにして出会えていたなら……などと何気なく思うことがあります。

出典:小山清 『日日の麵麭│風貌 小山清作品集』 講談社文芸文庫, 2015年第2刷

 

★     ★     ★

戦時中の東京、下町の新聞販売店に住み込みで働いていた「私」が語る、当時の同僚の「おじさん」との心温まる思い出話です。年齢はおよそ六十過ぎ、「私」とは親子ほどにも離れているおじさんは、離婚して郷里を出てから三十年もの間、新聞屋一筋で働いてきました。

冬の朝などでも、おじさんは暗いうちから起き出して、通りに面した窓際にある事務机の前に頑張っている。(・・・)ジャンパーの上に汚れた縕袍(どてら)を羽織って、脹雀(ふくらすずめ)のように着ぶくれたその恰好には、乞食の親方のような貫禄がある。

(p.96)

どこやら超越した雰囲気を醸し出しているおじさんですが、仕事ぶりは真面目で、煙草も吸わずお酒もほとんど飲みません。過去に女性がらみの失敗をやらかしたことを匂わせる描写があり、その失敗がおじさんの離婚とそれ以降の独り身の生活を決定づけたようなのですが、「私」も詳しくは知らないのです。

そんなおじさんの楽しみは、株屋でこっそり違法の賭け事をすること。そのため度々警察の厄介になり、仕事に穴を開けてしまうこともありました。この問題行動も読んでいて愛嬌に思えてしまうのは、一度失敗した人生にもめげずに今を楽しむおじさんの逞しさに、語り手の「私」が素直に共感しているからなのでしょうね。

おじさんはまた、「私」をはじめとした登場人物たちにとって父親のような存在として描かれることがあります。しかもその父親という立場が、必ずしも自分が面倒を見る側ではなく、見てもらう側としても描かれるのです。おじさんが身体を壊して入院した時などは、見舞いに訪れた「私」にこんなことを言いました。

「看護婦がおれを負って風呂へ連れていってくれるんだよ。まるで娘のように面倒を見てくれるよ。」

(p.125)

その直後おじさんは氷砂糖が食べたいと「私」に駄々をこねるのです。いつも親身になって助けてくれる頼もしいおじさんが、この時ばかりは「私」には手のかかる息子のように思えたのではないでしょうか。こんなふうに、物語には血の繋がっていない者同士が家族のように支え合う(描かれる)場面が所々に見られ、それが読者の心をほのぼのと温めてくれるのです。

自分の弱さをさらけ出すおじさんの姿に、キリストあるいは太宰の人間味あふれる面影を見る方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際そのような指摘や研究も、僕が知らないだけで、おそらくは既になされているのでしょうね。

けれども、そういった事柄を頭から取り除いて、物語一つとただ静かに向き合っていたい――小山清の作品を読むときには、そんな思いが特に強くなります。

もちろん、小山清の作品とめぐり会うきっかけとなった太宰という存在への感謝の気持ちを忘れたわけではありませんが(笑)。何はともあれ、小山清「おじさんの話」を、秋の夜長に是非とも読んでみてください。

それでは。

 

 

#13 太宰治 『水仙』 ~天才の条件~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

13回目。芸術の秋にちなんだ太宰治の短編をご紹介します。

 


(↑画像からAmazonの商品ページに移動します)

 

★     ★     ★

#13 太宰治 『水仙』 ~天才の条件~

新潮文庫から出ている太宰治の本の中でも、短編集 『きりぎりす』 は特によく読みます。今回ご紹介する 「水仙」 の他に、「燈籠」 「皮膚と心」 「佐渡」 など、個人的に太宰兄の「いぶし銀」的名品に位置付けている短編が多数収録されています。

出典:太宰治 『きりぎりす』 新潮文庫(平成14年54刷)より 「水仙」

 

★     ★     ★

「水仙」は、芸術を志す人間の破滅を描いた物語です。作家である語り手の「僕」が見た、ある裕福な家の夫人の「天才」への目覚めと、そこからの転落の模様が、淡々としたトーンで描かれています。

資産家の草田氏に嫁いだ静子夫人は、以前は「無智なくらいに明るく笑う」女性でしたが、自身の実家が破産してからは「妙に冷たく取りすました女」に変わってしまいました。「水仙」は昭和17年の作ですが、戦後に流行語となった「斜陽族」のマダムが、すでにこの作品にも登場していたのですね。

家柄という誇りを失った静子夫人をなぐさめるために、夫の草田氏は彼女に絵を習わせるのですが、これが夫人の人生を完全に狂わせることになります。

「さあ、それから褒めた。草田氏をはじめ、(・・・)寄ってたかって夫人の画を褒めちぎって、あげくの果ては夫人の逆上という事になり、「あたしは天才だ」と口走って家出した(・・・)。」

(p. 263)

家出をした夫人は、芸術家としてひとり生きてゆく決意をします。そうして彼女は取り巻きの若い連中におだてられ、「毎晩、有頂天の馬鹿騒ぎ」をして身を滅ぼしてゆくのです。

自身も作家(芸術家)である語り手の「僕」は、静子夫人のことを誰よりも理解していたはずです。彼女を冷たく突き放しながらも、心の底では、自分を天才と呼ぶ芸術家としての彼女のプライドに共感していたのではないでしょうか。

そもそも芸術作品というものには、相対的に良し悪しを決める価値基準がありません。歴史に名を残す巨匠たちの作品だって同じことです。有名な作品、売れている作品ばかりが「良い」とは限らないのは、誰もが知っているはずのことです。

僕自身、印象派の時代までの画家たちの作品は好きですが、フォーヴ以降あたりから現代アートに至るまで、どんな有名な作家の名作だとすすめられても、興味を持つことはあまりないです。それは単なる知識不足だと言える一方で、結局のところは、人それぞれの好みなのです。

時代や人によって評価が曖昧な芸術の世界において、自分の作品に絶対的な価値を見出すためには、やはり作者自身が己の仕事に確たる自信を持ち続けるしかありません。「天才」であり続けることができなかった静子夫人の破滅の原因の一つも、おそらくそこにあるのでしょう。

「自分の力が信じられぬ。そこに天才の煩悶と、深い祈りがあるのであろうが、(・・・)自分の腕前に絶対の信頼を置く事は出来なかった。(・・・)信じる事が出来ずに狂った。」

(p. 257-258)

静子夫人の描いた絵が本当に天才の作であるか否かについては、物語の結末で一応の答えが提示されます。自分を信じることの難しさ、そして大切さを、「水仙」 を読み終えるたびに改めて考えさせられます。

他人が自分をどう評価しようと構わない。大事なのは、自分が自分の力を信じること。誰もが分かっているはずのことなのに、他人の評価が丸わかりのネット社会において、イチイチ気にしていられるかと言いつつも、やっぱり気になってしまう自分がいる……

そんな世の中、太宰治「水仙」は時代を超えて僕たち読者の心深くに問いかけてくるのです――天才とは、何か。

今回はここまでにします。お読みいただきありがとうございました。