Buds in Green ~季節はずれの蕾~

5月です。うららかな陽気につつまれ、木々の葉が緑風にそよいでいます。

ほんのひと月ほど前、他の木々に際立って美しい花を咲かせていた、桜。

今はもう、青々と茂る街路樹を遠くから眺めている分には、どれが桜の木だか、さっぱり見分けがつきません。

こうして桜という存在のはかなさ、もの悲しさは、青葉の季節を迎えてなお、人々の心の奥底にひっそりと受け継がれてゆくものなのかもしれません。

桜の木かどうかも分からない、桜。

拙著『絵描きのサトウさん』でも、こんなことを書いていました。

 

わたしはといいますと、花開く前の、まだ固く閉じたままの蕾が赤く色付きはじめる時期が、実はいちばん好きなのです。
これが桜の木だということ自体、すっかり忘れ果てていた冬枯れの寂しい枝ぶりに、ある日ふと、春の胎動を感じて近づくと、ふくらみかけた蕾が真紅に染まっていて、まるで枝という枝が血に濡れているように見える、あの瞬間です。

(『絵描きのサトウさん』 初版第1刷 p.98)

 

先日、ある読者の方から、初春の蕾がふくらみはじめる頃の桜の枝ぶりについて、「今までよく見たことがなかったけれど、(今年見てみたら)本当に赤いんだね!」という感想をいただきました。

自分の作品が、多くの人々の心を動かすことを望んでいるわけではない。ものすごく大きな感動も、想像もできないような発見も、僕の生み出すどんな作品にも見出されることはないと思う。

それでも、自分なりのひっそりとした歩みに共鳴してくれた誰かの足音を、季節外れの道のりで、思いもかけぬところでふと耳にするのは、やっぱり嬉しい。

秋と鏡合わせのこの季節に、センチメンタルなことを書いて何が悪いのでしょうか。

どうか、素敵な連休をお過ごしください。

それでは。

 

佐藤紫寿_絵描きのサトウさん_表紙
絵描きのサトウさん
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誤植発見!

拙著『絵描きのサトウさん』に誤植を発見しました。大変申し訳ありません、取り急ぎご報告いたします(ひとまず次の1箇所だけのようです)。

誤「天上」 → 正「天井」

(初版第1刷:p.147, 4行目)


 

校正は著者校正のみにつき、上記の誤りについて出版社の責任は一切ありません。僕がオプションの編集費用をけちった報いです。誠に申し訳ございません。お金は、かけるべきところには惜しまずかけるべきと心得ました。

しかし誤植というものは、何度確認しても見つかるときは見つかるものですね。ちなみに前作の『水色の思い出』には今までのところ誤植の発見・ご指摘はなく、今回は無意識の油断があったやもしれません。

分量は前作より少し多いこともあり、校正には相当の時間をかけました。一応その甲斐あって、初校から4回にわたり計三十数か所の誤植を事前に発見していました。

自分の書いた文章を自分ひとりで校閲・校正するのはなかなか大変です。先入観と楽観、そして自尊心が絶えず邪魔をし、それでも次から次へとミスが発覚。自己嫌悪のさなか、最後はもう神経がどうにかなりそうなところで校了としました。

今回の校正で実際に見つけたもののうち、送り仮名の誤変換がけっこうありました。たとえば、

「向う」←「向かう」
「分る」←「分かる」
「気持」←「気持ち」

のような昔の送り仮名です。

「おすすめ文学」で古典や古い翻訳文を引用しているせいか、予測変換で度々上位に現れるようです。ちなみに「しょうじ(→障子)」を漢字変換しようとしたところ、候補の二番目に「少女地獄」と出てきたときは笑いました。(アハハハ。ナアニ、構うもんか)

#57 夢野久作 『少女地獄』 ~嘘と百合の花~

 

とにかく、こういう誤変換は僕の原稿では想定内だったので、校正で洗い出すことは容易だったのですが、「天井」は気付かなんだ。書籍の完成後も恐る恐る何回かチェックしていたので、今さら見つかってズッコケました。

最後に言い訳ですが、実は「天上」もありかな、と思っております。

お読みいただいた方には、これは是非とも納得していただければと思うのですが(笑)、話の流れから「天井」ではなくむしろ「天上」とした方が想像がふくらむような場面なのです。ここはひとつ誤植などと身も蓋もないことは仰らずに、非現実の曖昧世界に少しだけ思いを寄せていただけると幸甚に存じます。

そんな拙作ではありますが、新しい読者の方にお目にかかれるのをひっそりとお待ちしています。ちょうど今頃、桜の季節にもおすすめできる作品ですので、引き続きよろしくお願いいたします。

 

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絵描きのサトウさん
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それでは。