#50 マンガレリ 『おわりの雪』 ~雪と散る季節~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

第50回目。思い起こせば、平成最後は雪の少ない冬でした。今はもう花散る頃。そんな中で、あえて冷たい季節を思い出してみるのも悪くありません。たとえば花吹雪なんて言葉にも、終わったはずの冬が今一度、自分のことを思い出してほしいと願う気持ちが潜んでいるような気がします。

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#50 マンガレリ 『おわりの雪』 ~雪と散る季節~

今回ご紹介するのは、フランスの作家ユベール・マンガレリ『おわりの雪』。おすすめ文学で現代作家の作品を扱うのは初めてかもしれません。素朴な冬の風景にのせて子どもの繊細な心を描いた本作品は、いい意味で現代の匂いを感じさせません。悲しみに満ちたモノクロームの過去をパステルのような淡い愛情で包み、切なさの中に永遠を閉じこめた――そんな物語です。

出典:田久保麻理 訳/ユベール・マンガレリ 『おわりの雪』 白水社, 2005年, 第4刷

 

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冬になれば一面雪に白く覆われる、山沿いのとある小さな町。主人公の「ぼく」は両親と三人で貧しい生活を送っていました。

ぼくたち家族は、父さんの年金と、ぼくのかせぎの半分で生活していた。ぼくはそのころ、養老院の中庭を老人たちと散歩することでお金をもらっていた。

(p.10)

「ぼく」が何歳なのかは不明ですが、彼の仕事からみても、一家の稼ぎ頭になるにはまだ早い、むしろ年端もいかない男の子なのかもしれません。父親も本来は働き盛りのはず。しかし彼は、重い病の床に臥せっていたのです。

母親は、夜になると時々どこかへ出かけていきます。行き先は語られず、読者の分かることといえば、彼女が家を出て行く時の気配や音に異常なまでに敏感になる父親と、彼を健気になぐさめようとする男の子の姿だけ。

薄暗いランプを灯した夜の病室で父親を看ながら、昼は養老院でチップをもらう程度の仕事をするだけの日々。そんな男の子の唯一の希望は、町の路上のガラクタ市で売られているトビ(鳥)を買うことでした。

(・・・)ぼくはその日のかせぎを数え、トビを買うのにあといくら足りないだろうと計算する。夏のあいだは天気がよくて、毎日かせぎがあるけれど、トビが買える金額にはほど遠い。

(p.15-16)

路上で売られているトビは、誰にも買われないまま、冬が来たら凍え死んでしまうかもしれない。籠の中でなすすべもなく死に近づいてゆくトビに、父親の姿を重ね合わせたのかもしれません。はかない命を冬から守ろうとする努力こそが、男の子の最後の希望だったのです。

夏も終わる頃、男の子は養老院の管理人ボルグマンから子猫の殺処分を頼まれます。もちろん、やりたくなんかない。それでも男の子は、トビを買うためのお金を一日でも早く貯めるためにその「仕事」を引き受けるのです。

その後、養老院では「その手のこと」を引き受けてくれる人間がいるという噂が流れました。男の子は秋にも猫を処分しました。そして冬のある日には、老犬の始末を依頼してくる者が現れます。内心ずっと心を痛めていたボルグマンは、そんなことはもうやらないと断るのです。

けれども男の子は迷いました。老犬の処分の依頼者がボルグマンに提示した金額が自分のものになれば、念願のトビを手に入れることができるのです。冬はもう始まり、トビを救ってやるためには一刻の猶予もない状況です。

からだの奥からトビがほしいという思いが激しくつきあげ、きりきりと胸をしめつけた。

(・・・)あんな犬がなんだよ、もう老いぼれだし、くたびれてる……でも、ぼくのトビは元気いっぱいなんだ……

(p.62)

翌日、男の子は意を決してボルグマンの家を訪れると、お金を受け取り、犬を連れて出発します。駅から線路伝いにどこまでも歩き、やがて疲れ切った犬を引き離す――そして、地平線まで続く銀世界の中にひとりきりになったとき、男の子は叫びます。

「ねえちょっと見て! すごい雪なんだよ!」

(・・・)ぼくは走った。そして雪を見て、とさけびつづけた。まるで遠くに、それを知らせなくちゃいけないだれかがいるみたいに。

(p.93)

悲しみに覆われた冬の世界の真っ只中で、男の子は何度も「雪を見て」と叫びます。知らせなくてはいけない相手とは誰か。それは未来の男の子自身なのだと、僕は思います。

新しい希望にすがるために、絶望のふちを通り抜ける。その痛みを、これから先も忘れずにいよう。来るべき春のために死んでいった冬に対する、せめてものはなむけに。そんな悔恨にも似た祈りが、男の子の叫びには込められているように感じます。

その後に男の子が迎える運命――彼が得たものと失ったものそれぞれに、皆さんどうか物語を最後まで読んでいただき、ゆっくりと思いを馳せてみてください。

春というはなやかな時が、どうして冬のあとに位置するのか。期待や希望を胸に抱きながらも、あえて悲しみを振り返ることで、むしろ今という時をもっともっと大切に生きることができるかもしれない。そんな風に思う、今日この頃です。

それでは、今回はこれにて失礼いたします。

 


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