ホールケーキの夢 ~Merry Christmas~

一日遅れの、ささやかなクリスマス。

ぬいぐるみ(親子)

まだホールケーキを知らぬ小さな息子は、苺が一つきり乗ったショートケーキを喜んで食べてくれた。

――うまいなあ。父ちゃんは食べないの?

――ありがとう、私はいいんだ。若い頃、嫌というほど食べたからね。

ぬいぐるみ(執筆)

息子を寝かせてから、私は再び仕事に取りかかる。

物語を創るのが、私の貧しき生業である。

息子にたくさんケーキを食べさせてやるためなら、他の仕事をした方がいいに決まっている。

しかし私は、今日も果てしない空想を描き続ける。

我が子から、ホールケーキの現実を遠ざけてしまってでも。

ぬいぐるみ(苦悩)

知らぬことは、幸なのか。

求めることは、罪なのか。

分からない。

だが、私にはこれしかない。

今はまだ、心からお前に自慢できる仕事ができていなくても。

今はまだ、お前の無邪気な寝顔を静かに見守ってやることだけが、私の誇りであり、救いだとしても。

ぬいぐるみ(安眠)

どうか、いい夢を見ていてほしい。

夢を見ているやつは、いい顔をしている。

お前はいつも、私にそう気づかせてくれる。

私は、与えられてばかりの父親だ。

ぬいぐるみ(親子安眠)

少しだけ、私も眠ろう。

私にも、お前と同じ夢を見させてほしい。

私だけの夢ではないから、ずっと見ていたいと思える。

私だけの人生ではないから、これからも頑張ろうと思える。

その思いが絵空事でないことを、私は証明したい。

お前のたった一人のサンタさんは、今年も手ぶらでここにいる。

でも来年こそは、でっかいホールケーキを、二人で心ゆくまで食べ散らかそう。

 

※フィクションです(念のため)

 

今年も一年、ありがとうございました。

それでは。

 

 

上野歩さんの『探偵太宰治』

映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』が公開されました。僕も近々観に行く予定です。

さて、太宰治を描いた作品はこれまでにも数多く発表されていますが、よい機会なのでひとつご紹介したい作品があります。最新の映画と併せて、是非ともチェックしていただければと思います。

 


探偵太宰治 (文芸社文庫NEO)

 

『探偵太宰治』。2017年に発表された書き下ろしの長編小説で、著者は上野歩さん。ちなみに、僕の短編小説集の書評を書いてくださった方です。

主人公の津島修治(太宰治)が探偵となって事件の謎を解く話で、小山初代、檀一雄、井伏鱒二など実在の人物が数多く登場する、伝記的な要素とフィクションの要素が織り交ぜられている作品です。

子どもの時から人一倍感受性の強かった修治が、現実とあの世の境目である「あわいの館」を訪れるという不思議な能力(というか体質)に目覚め、そのことをきっかけにさまざまな怪事件に関わっていきます。

作中では、最初の妻初代との東京での生活、親友である檀一雄との関係などが伝記的事実に基づいて鮮やかに描かれていて、太宰ファンの心をくすぐるトリビアがいくつも散りばめられています(鮭缶に味の素を大量に振りかける太宰とか…)。

文士として身を立て、故郷の家族や妻に一人前と認められたいと願う20代の男の等身大のプライドと苦悩が率直に描かれています。僕も太宰という人は、実は潔癖なほど真面目な生活人で、意外と亭主関白な男だと思っていたので、この作品に描かれる太宰像が妙にリアルに、そして改めて身近に感じました。

太宰治にあまり詳しくない方などは、どこまでがフィクションでどこまでが事実か分からなくなるかもしれません(これって、実は太宰作品の本質でもあります)。それくらい綿密に取材され、太宰のエッセンスをさりげなく、かつ余すところなく再現しているのです。

もちろん、探偵としての太宰が遭遇した出来事などはフィクションです。檀一雄は助手のワトソン君といったところでしょうか(笑)。架空の探偵物語としても楽しめ、太宰の伝記としても読みやすく勉強になる、まさに一挙両得の一冊です。

新作映画の公開もあり、太宰ブームが再燃しそうなこの時期、読んでみてはいかがでしょうか。

それでは。