#37 カポーティ 『クリスマスの思い出』 ~ウィスキー香る思い出~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

第37回目。クリスマスの足音が近づいてきました。大切な誰かに、あるいは、大切な自分に――今年一年の感謝の気持ちを込めて贈りたい、そんな本をご紹介します。

ティファニーで朝食を (新潮文庫)
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#37 カポーティ 『クリスマスの思い出』 ~ウィスキー香る思い出~

カポーティ(Truman Capote, 1924-84)と言えば「ティファニーで朝食を」ですが、僕はまだ読んだことがない――いつぞやにそう白状しておりましたが、あれから新潮文庫版を入手し読了。その中にいくつか他の短編も収録されていて、その一つが今回ご紹介する「クリスマスの思い出A Christmas Memory)」です。あくまで個人的な好みですが、表題作「ティファニー」以上の、素朴で心に染みる名作だと思います。

出典:トルーマン・カポーティ作/村上春樹 訳 『ティファニーで朝食を』 新潮文庫, 平成25年第5刷より、「クリスマスの思い出」

 

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「フルーツケーキの季節が来たよ!」

(p.236)

11月の末。うきうきとはずんだその声は、田舎町の古い家の台所から響いてきます。声の主は、60歳を過ぎた小柄なおばあちゃん。パンを食べながら彼女の話を聞いているのは、7歳の「バディー)」。二人は同じ家に暮らす親友、遠縁のいとこ同士なのです。

広い家には他の親戚たちも住んでいるようなのですが、物語にはほとんど登場しません。自分たちによく「悲しい思いをさせる 親戚たちとは仲良くなれないせいもあるのでしょう、おばあちゃんと「僕」は、二人ぼっちの強い絆で結ばれているのです。

そんな二人が毎年楽しみにしているのが、クリスマスの時期にフルーツケーキを作ること。サクランボにシトロン、レーズンにクルミなどがたっぷり入っている、ウィスキーで仕上げた本格的なケーキを、二人で(愛犬のクイーニーも手伝って)何日もかけて、三十個ほども作るのです。

ケーキはいったい誰のために焼かれたのだろう?

友人たちのためだ。でも近隣に住む友人たちのためだけではない。たった一度しか会ったことのない、あるいはただの一度も会ったことのない人に送られるものの方がむしろ多いだろう。

(p.246)

お小遣いもろくに貰えない二人なのですが、クリスマスのために1年かけてこつこつ貯めたセント玉でケーキの材料を買い込み、彼らの「友人たち」に惜しげもなくふるまうのです。送り先には、なんとローズヴェルト大統領の名前もあるのです。家の人たちからは、あいつら何考えてるんだと呆れられていたのかもしれませんね。

けれども、二人のピュアな気持ちが伝わるのでしょう、ケーキを受け取った人たちからの手紙や葉書(もちろん、ホワイトハウスからの礼状も!)が届き、二人はそれをスクラップブックに大切に保存し、「活気に満ちた外の世界に結びつけられたような気持ち」になるのです(p.247)。

お金もなく、家庭内でも孤立している二人ですが、彼らの心は他人を愛するあたたかい気持ちで満たされ、毎年遠く離れた人たちに喜びを送り届けているのです。サンタクロースは、時に小柄なおばあちゃんと男の子の姿を借りることもあるのだなと思わされます(笑)。

年に一度のささやかな幸福に守られた、おばあちゃんと男の子の孤独な絆。しかしそれも、歳月を経るたびに少しずつ変わっていくことは避けられません。

「お前の手も以前はもっとずっと小さかったような気がするねえ。お前が大きくなっていくことが、私には悲しい。お前が大きくなっても、私たちはずっと友達でいられるだろうかねえ」

(p.257)

そう言って男の子の手を握りしめるおばあちゃんは、同時に、年々と皺が深く刻まれていく自分自身の手も見つめているのでしょう。

やがては「思い出」となってしまうクリスマス――物語を読み終え、僕たち読者の心は切ない余韻で満たされてしまうのかもしれません。それでも、その物悲しい静けさの中に残っている温もりもまた、いつまでも消えることはないはずです。

カポーティの作品は、以前「おじいさんの思い出」をご紹介したこともありましたが、今回この「クリスマスの思い出」をご紹介していて(「ティファニー」他いくつかの代表作も読んだうえで)、やはり僕はカポーティという作家の本領は、純粋で繊細な子どもの心を描いた「思い出」系の作品にあるように改めて感じました。

なお、今回は手元にある新潮文庫版を典拠としましたが、以下の文藝春秋版の「クリスマスの思い出」は、クリスマスの贈り物にもぴったりだと思います(僕も欲しいです)。

クリスマスの思い出(単行本)
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このブログを皆さんが見てくださる頃には、クリスマスのプレゼントとしては入手が間に合わないかもしれませんが、クリスマスが終わっても、その余韻に浸るお供としてでも何でも構わないと思います(笑)ので、是非とも作品を読んでみてください。

それでは、今日はこれにて。

 


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#36 マイヤー=フェルスター 『アルト=ハイデルベルク』 ~僕たちは青春だ~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

第36回目。先日の寒波に見舞われ、雪かきをして筋肉痛になりました。今から20年ほど前、瀬戸内地方に住む後輩が「(新潟は)毎日のように雪が見れて、ロマンチックでうらやましいっす」と言っていたのをふと思い出します。現場を知らぬ奴めと内心で小馬鹿にしたものですが、今となっては彼のその屈託のない言葉(と、月並みの馬鹿をやらかした10代の日々)が、ただひたすら懐かしく思える――そんな感じの本です、今回ご紹介するのは(笑)。

アルト=ハイデルベルク (岩波文庫)
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#36 マイヤー=フェルスター 『アルト=ハイデルベルク』 ~僕たちは青春だ~

ドイツの作家マイヤー=フェルスターWilhelm Meyer-Förster, 1862-1934)の代表作。アルト(alt)は「古い」、ハイデルベルク(Heidelberg)はドイツの都市名です。すなわち、「古き良き(懐かしき)ハイデルベルク」――19世紀後半のドイツ帝国成立期当時の活気に満ちた大学都市ハイデルベルクを舞台に繰り広げられる若者たちの青春と、その終わりを描いた戯曲です。

出典:マイヤー=フェルスター作/丸山匠 訳 『アルト=ハイデルベルク』 岩波文庫, 1990年第4刷

 

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主人公のカール・ハインリヒは、ザクセン・カールスブルク公国の皇太子。両親を亡くした彼は、現大公である叔父のもと、次期大公となるべく帝王学を学び育ちました。古めかしく陰気な城から出たことがなく、世間を知らないまま20歳を迎えた皇太子ですが、近年の大公国の慣例に従い、1年間の大学留学をすることになりました。

もちろんセレブの王子様ですから、単身というわけにはいきません。彼にお供して留学先のハイデルベルクに赴くのは、長年彼の教育係を務めてきたユットナー博士と、内侍のルッツ。若者は勉学一辺倒ではなく、たくさん遊んで青春を謳歌してなんぼと考えるユットナー博士は、宮廷の秩序と規律を重んじる堅物のルッツをはじめとした城の大半の人間からは疎まれる存在でした。

けれども皇太子はユットナー博士のことを「じいさん先生」と親しみを込めて呼び、博士もまた自分の教え子を「カール・ハインツ」と愛称で呼びます。人間味が失われている殺伐とした雰囲気の城中で、二人はお互いを心から信頼する(精神的な意味においては親子と言ってもいい)間柄なのです。そんなじいさん先生いわく、留学先のハイデルベルクという場所は、

あれは、そう、シャンペンを飲むようなものだ――いやちがう、ばかばかしい、シャンペンどころか、バーデンのワイン、五月ワイン、それに加えて女の子たちとばかさわぎの学生を足したようなものなんだよ。

(p.26)

そんなすばらしい環境に王子を放り込むと決めておきながら、一方でやれ学習計画書だの、やれ日課表だのと、厳格で退屈きわまるルールを押し付けようとする宮廷の方針を、ユットナー博士は「ばかばかしい」と言っているわけです。

かくしてハイデルベルクでの学生生活は始まり、カール・ハインツは気のいい学生連中と友達になり、そして下宿先で働くケーティという女の子と恋仲になるのでした。

下宿の1階の居酒屋のアイドル的存在であるケーティもまた、両親を亡くし、故郷のオーストリアに許婚がいるにもかかわらず家を飛び出してきた、いわば青春時代の「自分探し」のような状況にありました。

いずれは王位を継ぐカール・ハインツ、故郷に戻り結婚するケーティ――それぞれのレールに敷かれた陳腐な未来をよそに、若い二人は全力で今というこの瞬間をめいっぱい楽しみ生きるのです。

いま、ぼくたちは若いんだ、ケーティ。ぼくたちは青春なんだ。(・・・)――笑ってくれ、ケーティ。そうだ、どえらいことをやらかすんだ。ぼくたちで、いまだかつてないような――ふたりで世界を一周しよう――せめてパリぐらいへは。

(p.89-90)

パリでええんかい(笑)と思ってしまいますが、彼らは自分たちを縛る運命から、彼らなりの精一杯の美しい「逃避」を試みているわけです。大人の常識や社会のルールに逆らうことが唯一の道徳規範と言っても過言ではない、そんな若者の不安定で甘酸っぱい気持ちは、今なお青春時代の思い出を大切にしているほとんどの大人たちにとって共感できるところではないでしょうか。

待ち受ける未来は、思いのほか早くにやってきます。大公である叔父が病に倒れ、カール・ハインツは規定の留学期間を半分以上も残したまま公国に戻るのです。彼が再びハイデルベルクを訪れる日は来るのか、そして愛しいケーティとの再会を果たすことはできるのか。青春の1ページが今まさに失われようとしているこの場面で、健康を損ねて同行できないユットナー博士が教え子に託した言葉が心に響きます。

いつまでも若くあってほしい。カール・ハインツ。わたしがきみに望むのはそれだけだ。いまのきみのままでいてくれたまえ。(・・・)断固戦うんだ。いつまでも人間のままでいるんだ。カール・ハインツ、若々しい心を持った人間で――

(p.102-103)

若々しい心。年を重ねれば重ねるほどに、それを維持するのがどれほど難しいことか、おっさんの僕も分かっているつもりです。楽しかった青春時代そのものは、二度と戻ることはない。二度と戻らないものと向き合い、心の中で大切にし続けていくことは、生きていくうえで中々に苦しく、勇気がいることだとも思います。

話をいちばん最初まで戻して――新潟に住んでいると、雪かきの苦労から目をそらすことはできません。けれども、冬中うんざりするほど降り続けるその雪を「ロマンチック」だと感じて生きていけたなら。……あの時の後輩の言葉が、懐かしい思い出と共に胸によみがえってくる今日この頃でした。

ところで、太宰治も「(アルト)ハイデルベルヒ」という短編を残しています。本作品へのオマージュ的な位置づけになるのでしょうか、楽しかった(そして二度と戻らない)青春時代への懐古というテーマで共通していますので、興味のある方はぜひぜひ読み比べてみてください(下記の作品集に収録されています)。

新樹の言葉 (新潮文庫)
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それでは、今日はこれにて。

 


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