(前回の続きです)
ぼ、Bonjour… 緊張しすぎて蚊の鳴くような声であいさつする僕を、面長で品のよい若いギャルソンが笑顔で迎えてくれました。
準備していたフランス語はまちがいなく通じていませんでしたが、いくら何でもあの大作家の名前は伝わったらしく、ヘミングウェイが座っていたというバーカウンターに案内してもらいました。
ギャルソンの方に撮影OKか伺ったところ、快諾していただきました。フラッシュをたけばもう少し鮮明にご覧いただけたのかもしれませんが、この場所では、やめておこう。何故だか自分でそう決めてしまったのです。
注文したのは、カフェ・クレーム。この席ではバーボンをよく飲んでいたというヘミングウェイですが、執筆する際は、テーブル席でカフェ・クレームを頼んだそうです。
「E. Hemingway」 と刻まれたプレートです。(1枚目の写真だと、カフェ・クレームの手前に見えるのがそうです)
こんなふうに、著名人が好んで座った席には、彼らの名を刻んだ真鍮のプレートが打ち付けてあるのです。ほの暗い室内でカフェ・クレームの湯気越しに眺める憧れの作家の名前は、僕の目に濃い光を投げかけて映りました。
今もなお、人々から「パパ」という愛称で親しまれるヘミングウェイ。物書きという立場からすれば、パパと呼ぶにはあまりに遠い存在です。でもいつの日か、僕なりにひとつの大仕事をやり遂げた暁には……またここに戻ってこよう。そう決意しました。
そのときは、バーボンを注文しようと思います。