「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」
第10回目。偶然にもこの作品を「父の日」に紹介することになりました。
『ゴリオ爺さん (新潮文庫)』
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#10 バルザック 『ゴリオ爺さん』 ~親父の中の親父~
フランスの作家バルザック(Honoré de Balzac, 1799~1850)の代表作である『ゴリオ爺さん (Le Pére Goriot, 1835) 』。「父性のキリスト」と称されるゴリオ爺さんのように、愛する娘に「与えるばかり」をモットーに、父の日はむしろ娘さんに贈り物をするのもアリかもしれません。
出典:バルザック著/平岡篤頼訳 『ゴリオ爺さん』 新潮文庫、平成十八年34刷
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製粉業者として財を成し、パリの上流階級に二人の娘を嫁がせたゴリオ爺さん。舞踏会だの、晩餐会だの、セレブの社交界で娘たちの虚栄心を満たすのに必要な大金を援助してやるため、自分は薄汚い下宿の最下等の部屋で爪に火をともすような倹約生活に甘んじています。
そんなゴリオ爺さんに娘たちは感謝をするどころか、労働階級の垢抜けない父親の存在を疎んじ、お金をせびる時でもない限り会おうともしません。ツンデレとかそういう次元ではなく、もはや虐待に近いと言えます。それでも、父は娘が喜んでくれさえすれば自分のことなどどうでもいいのです。
「あの子たちの喜ぶのが、わしの生き甲斐じゃでな。(・・・)夕方、あの子たちが舞踏会へ行くために家を出るとき、わしが娘たちに会いに行くのが、法律にそむくとでもいうのかね?(・・・)ある晩などは、二日前から会っていなかったので、ナジー(長女)の顔を見るために、朝の三時まで待ちましたな。嬉しくて危うく死にそうでしたわい。」
(p. 204~205、下線部分は補足)
ゴリオ爺さんの娘への依存度はすさまじいものがありますが、娘を持つ父親なら、彼のこの気持ちがまったく理解できないなんてことはない筈です。けれども、ゴリオ爺さんは普通の父親とは少し違うところもあるようです。
というのも、とかく世の父親という生き物は、娘の恋人(なぜか婿というよりも)に対して奇妙なライバル心のようなものを抱き、必要以上によそよそしく接したり、自分を誇示するような態度をとったりと、ある種の威嚇めいた言動をしがちです――しかし我らがゴリオ氏は、娘に笑顔をもたらす男のためならば、喜んでその男の「長靴を磨き」、「使い走り」(p. 230)をする人なのです。
その恋人の男こそ、本作品のもう一人の主人公で、ゴリオ爺さんと同じ下宿の隣人である貧乏学生、ウージェーヌ・ド・ラスティニャックです。情熱的で心の優しい青年は、ゴリオ爺さんの苦しみを理解し労わる「親孝行の息子」の側面を持っています。
「あの気の毒な老人はずいぶんつらい思いをしてきたんだ。彼は自分の苦しみについてはひと言も言わないが、それが察しられない男がいるだろうか? よし! おれが自分の父親みたいに面倒をみてやろう、彼にうんと楽しい思いをさせてやろう。」
(p. 346~347)
もちろん、パリという人生の戦場で一旗揚げようと目論む野心家としてのラスティニャックを、優しさだけで語れるものでは到底ありません。そもそもこの小説は、そこに描かれるテーマにしても、数多くの魅力的な登場人物たちが織りなすドラマにしても、はてしなく複雑で濃厚な作品なのです。
今回はやはり「父の日」を意識した紹介文になりました。最後に――父親として、男として、日々の努力の汗に滲んだ無口な後ろ姿を、子供たちはこちらが思っている以上に理解し、感謝してくれている……僕はそう信じています。ラスティニャックがゴリオ爺さんに対してそうであったように。
それでは。
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