やっぱり似ている

今年6月におすすめ文学#10でご紹介したバルザックの『ゴリオ爺さん』について、書ききれなかったことをひとつ。

この記事を書く前に、2つのキーワード「ゴリオ爺さん」と「めぞん一刻」でグーグル検索してみました。すると件数は少ないながら、ヒットしました。やっぱり同じこと考える人がいるなと思い、ちょっと嬉しかったですね^ ^

 


ゴリオ爺さん (新潮文庫)

 


めぞん一刻〔新装版〕(1) (ビッグコミックス)

 

みなさん指摘されているように、この2作、共通点が多いんですよね。

どちらも舞台がおんぼろ安アパートで、そこで暮らす住人たちの人生が様々に絡み合い、何よりアパートの管理人が未亡人という設定に、ピンときた方も多かったのだと思います。

ただ、設定が似ているというだけで、「ゴリオ爺さん」の下宿屋の女主人ヴォケー夫人と、「めぞん一刻」の可憐な音無響子さんでは、趣はずいぶん異なります。バルザックが作品冒頭で描くヴォケー夫人像の酷いこと……

「彼女のぼってりと脂ぎった老けた顔、(・・・)教会の鼠みたいにまるまると肥った身体、はちきれそうにゆらゆら揺れる胸もとなどは、不幸がにじみ出、打算がもぐりこんでいるこの部屋とみごとに調和しており(・・・)」

(平岡篤頼訳 『ゴリオ爺さん』 新潮文庫、平成18年34刷、p. 15)

はい、もう十分ですね。管理人の女性キャラの扱いに関しては、共通項を見つけるのはちょっと難しいようです。

何はともあれ……「ゴリオ爺さん」と「めぞん一刻」、国も時代も違えど、どちらも古典名作として永く愛されてゆくであろうこの2作品、ぜひとも読み比べてみてはいかがでしょうか。

 

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