#18 ジッド 『田園交響楽』 ~心に描く百合の花~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

18回目はフランスの作家アンドレ・ジッドの『田園交響楽』をご紹介します。

田園交響楽 (新潮文庫)
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#18 ジッド 『田園交響楽』 ~心に描く百合の花~

学生の頃、昭和の日本文学をあれこれ読んでいて、ジッドAndré Gide, 1869-1951)の名前を度々目にした記憶があります。そのほとんどは「ジッド」ではなく「ジイド」と表記されていましたが、耳で聞いたGideの発音に近いのは後者のような気もします。

今回ご紹介する『田園交響楽』には、盲目の少女に主人公が語りかける場面がいくつも出てきます。その台詞の一つ一つが少女の耳にはどう聞こえ、そこにどんな感情や世界観が生まれるのか、台詞を朗読することでも深く味わえる作品だと思います。

出典:ジッド 著・神西清 訳 『田園交響楽』  新潮文庫, 平成17年88刷改版

 

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スイスの山村ラ・ブレヴィーヌの牧師である「私」は、身寄りのない盲目の少女ジェルトリュードと出会い、彼女を自分の家庭に引き取り面倒を見ることになりました。

暗い部屋でほとんど誰にもかまわれずに生きてきたため、表情もなければ言葉も話さない「まるで意思のない何かの塊のよう (p. 11)だった少女。それでも牧師の愛情あふれる教育を受けるうちに、やがて人間らしさを取り戻してゆくのです。

まず印象的なのは、牧師がジェルトリュードを音楽会に連れて行く場面です。

ホルンやトロンボーンの音色に似た赤と橙色、バイオリンやセロやバスに似た黄色と緑、それからフルート、クラリネット、オーボエなどを思わせる紫や青のあることを、考えてごらん(……)。

(p. 37)

こんなふうに、牧師はそれぞれの楽器の音を色彩にたとえ、ジェルトリュードの閉ざされたまぶたの内なる世界を色鮮やかに目覚めさせようと試みます。その努力は実り、彼女は驚くほど豊かな想像力と感受性を身につけます。

新約聖書の福音書に出てくる「野の百合」はたとえ現実の野原には存在しなくても、「信頼と愛」さえあれば「愛の匂いでいっぱい」になった「炎のような鈴(の花)をはっきりと心に思い描くことができる、そう盲目の少女は言うのです。

「どうしてここにはないなんておっしゃるのでしょう。あたしにはちゃんとあるのがわかるのに。牧場いちめん、野百合でいっぱいなのが見えるのに」

(p. 68)

神の愛の教えのもとに不幸な少女を導いていたはずの牧師は、やがて彼女に対して別の愛の感情を抱く自分に気がつきます。

進むべき道を見失いそうになる牧師。そして少女は、自分を取り巻くまぶたの外の世界――彼女の運命と対峙するべく、開眼手術を受けることになるのです。

交錯する二人の想いが、どんな現実の明るみに照らされるのか。以降、中盤からクライマックスへと一気呵成に描かれる愛の物語を、是非とも味わってみてください。

盲目であるが故に汚れた現実を目にすることなく、心に美しく描かれる内的世界に生きてゆけるのなら……僕はいつも、(少女が)現在のまま(目の見えないまま)で幸福なのではないか?」(p. 81)という牧師の逡巡に共感を抱いてしまいます。

目が見えるということは、決して当たり前のことではありません。その恩恵に与かる人間として、目の前に広がるこの世界、人々、出来事を、どのように見たらいいのか。そして、どのように愛せるのか。途方に暮れる問いかけが、読後いつも心の片隅に残るのです。

是非ともご一読ください。それでは。

 


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#15 マリー・ド・フランス 『二人の恋人』 ~男の意地~

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15回目です。中世のノルマンディーを舞台とした、いにしえの恋の物語をご紹介します。

十二の恋の物語―マリー・ド・フランスのレー (岩波文庫)
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#15 マリー・ド・フランス 『二人の恋人』 ~男の意地~

マリー・ド・フランス、つまり「フランス生まれのマリー(Marie de France)」は、フランスの文学史に登場する初めての女性作家(詩人)です。日本での紫式部みたいな位置付けになるのでしょうか。本名をはじめ、彼女の全容は謎に包まれていますが、時代は紫式部より後の12世紀後半とされています。そんな古の時代の女性作家の「レー」と呼ばれる物語詩の中から、今回は『二人の恋人』という作品をご紹介します。

出典:月村辰雄訳 『十二の恋の物語 マリー・ド・フランスのレー』 岩波文庫、2000年第3刷

 

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今ではノルマンディーと呼ばれる、かつてのネウストリアの地には、

目もくらむほど高い山がそびえ、頂きに若い男女が葬られている。

(p. 134)

冒頭からロマンチックな感じですね。

物語は「レー」という形式で、詩(あるいは歌詞)のような文章でリズムよく語られます。竪琴か何かを奏でながらしっとりと歌い語るイメージがあったのですが、実際そうだったのかもしれません。詳しくは前掲書の解説を読んでみてください。

若い男女の恋の悲劇を描いた『二人の恋人』は、ネウストリアの山裾に築かれた王国の、美しい王女が物語のヒロインです。王は一粒種の娘を溺愛するあまり、彼女に求婚する男たちにこんな無理難題をふっかけます↓

すなわち、王女を妻に望むのであれば、彼女を両腕にかき抱き、

町を出てから山の頂きまで、一切休息せずに運び上げるよう、

決定し布告するものであるから、これをしかと覚悟するように。

(p. 135)

この求婚試験に多くの男たちが挑みましたが、誰一人として成功しませんでした。「目もくらむほど高い山」ですから無理もありません。

それにしても、この試験の間だけでも王女は数多くの男たちの腕に抱きかかえられ、そのたくましい胸にぴたりと身を寄せるわけです。王様、ヤキモキしないものでしょうか。

さて、王女は一人の若者と両想いの関係にありました。心優しきその若者は、決して屈強なタイプの男ではありません。王女を抱きかかえて山頂まで運ぶ自信などなく、苦しみ悩んだ末、駆け落ちするより他にないと弱気になります。すると王女はこんなことを言いました。

私、よく存じておりますが、あなたは決してお強くないのですから、

私を頂きまでは運べません。けれども、一緒に駆け落ちしましたら、

父は悲しみ、そして怒り、拷問の苦しみを受け続けることでしょう。

私、父をいとおしく思いますから、立腹させたくはありません。

(p.137-138)

結構ヒドイ女性だなと思います。 「あなたならきっとできるわ!」と励ますわけでもなく、父親への愛情と恋人への想いとを天秤にかけた挙句、王女は若者が自分を抱えて山頂まで到達できるように、とある反則まがいの手助けを持ちかけるのです。

ここから先は、是非とも物語を読んでみてください。

愛する人に自分の力ひとつを信じてもらえない男が、愛する人のためにどんな行動をとるのか――誰にも期待されていなくたって、自分が自分を信じてさえいれば、どんなことでも成し遂げられる。……心が折れなければね。

2016年初投稿でした。皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。それでは。

 


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