戦時中に生まれたお伽話

6月に受けた英検は不合格でした。英検バンドという得点の目安みたいなものによると、「G1-2」とのこと。一次試験合格まであと2歩という意味のようです。昔の英検にはこんなの無かったですよね。今度から僕には不合格とひと言伝えてもらえれば十分です(笑)。

さて、戦争を振り返る時期として、テレビでも連日様々なドキュメンタリー番組を目にします。戦後75年。戦争体験者が年々少なくなっていく中、その思いを受け継ぐ世代の共感力と想像力がいよいよ問われているのだと痛感します。文学は、その一助に必ずやなると思っています。

この時期に読みたい太宰治の『お伽草紙』をご紹介します。


お伽草紙 (新潮文庫)

 

浦島太郎やカチカチ山など、誰もが知っている4つの昔話のリメイク的作品集です。これらの作品は、意外にも戦争末期の昭和20年3月から7月にかけて書かれたものです。空襲に見舞われるさなか、作者が防空壕の中で子どもに昔話を読み聞かせていた時に着想を得たと言われています。

苦しい状況下でも作家としての本分を貫いた、まさに命がけの作品です。むしろ死を身近に感じることで生まれる、すべてを悟ったような落ち着き(作中の言葉を借りれば「聖諦」)がそうさせるのでしょうか、太宰の作品の中でもとりわけ明快なユーモアに富んだ作風になっていて、読む者の心をほんわかと和ませてくれます。

あなたが私を助けてくれたのは、私が亀で、そうして、いじめている相手は子供だったからでしょう。亀と子供じゃあ、その間にはいって仲裁しても、あとくされがありませんからね。

(平成30年85版、p.292)

僕が一番好きな「浦島さん」はこんな感じです。この亀が、上記のごとくべらべらとよく喋る大変な理屈屋で、頭の回転がおそろしく速い。助けられた身の遠慮などどこ吹く風で、恩人の浦島をコテンパンに論破しまくるのです。

亀の言葉で名言集が作れそうなほど、読んでいて何度もはっとさせられます。そこには、作者の体験者としての戦争への思いも見え隠れしているように思います。是非とも読んでみてください。

話を私事の英検に戻して恐縮ですが、次回の受験も申し込みました。今は今で大変な時代ではあるけれど、自分のやりたいことに挑戦できる環境にあることを当たり前と思わず、覚悟を決めて勉強を続けます。亀の言葉も後押ししてくれます。

疑いながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲るのも、その運命は同じ事です。どっちにしたって引返すことは出来ないんだ。試みたとたんに、あなたの運命がちゃんときめられてしまうのだ。人生には試みなんて、存在しないんだ。やってみるのは、やったのと同じだ。

(p.295)

自分が今やっていることに、あと少しばかりの強い信念が欲しい。僅差であれば、合格か不合格かの違いはそんなところにあるのかもしれません。

それでは。

 

 

上野歩さんの『探偵太宰治』

映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』が公開されました。僕も近々観に行く予定です。

さて、太宰治を描いた作品はこれまでにも数多く発表されていますが、よい機会なのでひとつご紹介したい作品があります。最新の映画と併せて、是非ともチェックしていただければと思います。

 


探偵太宰治 (文芸社文庫NEO)

 

『探偵太宰治』。2017年に発表された書き下ろしの長編小説で、著者は上野歩さん。ちなみに、僕の短編小説集の書評を書いてくださった方です。

主人公の津島修治(太宰治)が探偵となって事件の謎を解く話で、小山初代、檀一雄、井伏鱒二など実在の人物が数多く登場する、伝記的な要素とフィクションの要素が織り交ぜられている作品です。

子どもの時から人一倍感受性の強かった修治が、現実とあの世の境目である「あわいの館」を訪れるという不思議な能力(というか体質)に目覚め、そのことをきっかけにさまざまな怪事件に関わっていきます。

作中では、最初の妻初代との東京での生活、親友である檀一雄との関係などが伝記的事実に基づいて鮮やかに描かれていて、太宰ファンの心をくすぐるトリビアがいくつも散りばめられています(鮭缶に味の素を大量に振りかける太宰とか…)。

文士として身を立て、故郷の家族や妻に一人前と認められたいと願う20代の男の等身大のプライドと苦悩が率直に描かれています。僕も太宰という人は、実は潔癖なほど真面目な生活人で、意外と亭主関白な男だと思っていたので、この作品に描かれる太宰像が妙にリアルに、そして改めて身近に感じました。

太宰治にあまり詳しくない方などは、どこまでがフィクションでどこまでが事実か分からなくなるかもしれません(これって、実は太宰作品の本質でもあります)。それくらい綿密に取材され、太宰のエッセンスをさりげなく、かつ余すところなく再現しているのです。

もちろん、探偵としての太宰が遭遇した出来事などはフィクションです。檀一雄は助手のワトソン君といったところでしょうか(笑)。架空の探偵物語としても楽しめ、太宰の伝記としても読みやすく勉強になる、まさに一挙両得の一冊です。

新作映画の公開もあり、太宰ブームが再燃しそうなこの時期、読んでみてはいかがでしょうか。

それでは。