#26 フォークナー 『エミリーにバラを』 ~花びらを拾い集めて~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

26回目。ハロウィンが終わって一週間ちかく経ちましたが、そういえばこれってハロウィンの雰囲気に意外と合うのでは? と思ったのでご紹介します(お祭り気分の明るい作品とは全然ちがいますが)。

フォークナー短編集 (新潮文庫)
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 #26 フォークナー 『エミリーにバラを』 ~花びらを拾い集めて~

フォークナーWilliam Faulkner, 1897~1962)の作品には、物語がいくつもの断片に分かれ、ばらばらの時系列で描かれるという特徴があります。短編「エミリーにバラをA Rose for Emilyもその一つです。

誰がいつ何をしたとか、この人この時点では何歳くらい? とか、そもそもパズルの類が苦手な僕にとってフォークナーは、同世代のヘミングウェイやフィッツジェラルドらと比べると、ちょっと敷居が高い作家だったりします。

今回ご紹介する作品は短編ですので、時系列を整理しながら読むことも比較的容易だと思います。主人公のエミリーという老婦人の死から始まり、さかのぼり交錯する時間軸に描かれる彼女の人生のドラマを、是非とも味わってみてください。

出典:龍口直太郎 訳 『フォークナー短編集』 新潮文庫、平成十四年第67刷

 

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ハロウィンといえば悪魔やおばけのイメージがつきものですが、本作品のヒロインであるミス・エミリー・グリアソンという女性も、ある意味魔女みたいな幽霊みたいな存在として描かれています。

彼女は30歳を過ぎた頃から亡くなるまでの約40年間、人付き合いもほとんど無く、時代に取り残されたような古い屋敷の中で孤独に生きていました。そんな彼女が亡くなったとき、同じ町に住む人々は、謎に包まれた彼女の半生について改めて好奇心を抱くのです。というのも、

彼女の家の内部は、すくなくとも過去十年間、庭師兼料理人の老僕をのぞけば、だれ一人見たものがいなかったのだ。

(p. 68)

物語はそこから時間をさかのぼり、エミリーの過去を断片的に読者に示してゆきます。税金も払わず、郵便物の受け取りも拒否し、たった一人で世間の流れを拒絶して生き続けた彼女の心の闇が、物語を読み進めていくうちに少しずつ、明るみに出てくるのです。

エミリーが亡くなる10年前、彼女の家の一室が埃だらけで掃除が行き届いていない有様が描かれたかと思えば、その次には、それよりもずっと以前、彼女の屋敷から放たれる「異臭」に周囲の住民たちが堪りかねて苦情を申し入れたという過去が続きます。

ミス・エミリーの人生における悲劇の結晶とでもいうべき、その異臭の正体とは何だったのか。その秘密は物語の結末、ばらばらに散っていた時間が再び現在に戻ったところで明かされるので、ここでは詳細を控えます。

さて、この異臭騒ぎのエピソードには、とても印象深い描写があります。事態を水面下で解決すべく、町の男たち数人が夜中にエミリーの屋敷の敷地内にこっそり入って消臭のための石灰をまいているときのこと。突然、

いままで暗かった窓の一つが明るくなり、灯りを背にしたミス・エミリーのすわった姿が窓枠にくっきりとうかびあがり、彼女のそり身の胴体は偶像のそれのごとく不動にかまえていた。

(p. 74)

男たちの目には、彼女がまるで肖像画に描かれた大昔の人物のように映ったのではないでしょうか。この時点では彼女はまだ30代半ばくらいなので、もちろん幽霊ではないのですが……何だか背筋がぞくっとする、神秘的なシーンです。

死者の魂がこの世に帰って来るといわれるハロウィン。その世界観にもう一度、ひとり静かに浸ってみたい。そう思っている方がいらっしゃるかは分かりませんが、フォークナー「エミリーにバラを」が、もしかしたらそのお役に立てるかもしれません。

是非とも読んでみてください。それでは。

 


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#25 カポーティ 『おじいさんの思い出』 ~始まりと別れ~

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25回目。アメリカの作家カポーティTruman Capote, 1924-84)と言えば、やはり『ティファニーで朝食を』でしょうか。でも白状すると、僕はその小説を読んでいませんし、映画も観たことがありません。あまりに有名すぎる作品だと、逆にいつでも入手できると思い延々と保留してしまう……悪いクセです(-_-;)

おじいさんの思い出(単行本)
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#25 カポーティ 『おじいさんの思い出』 ~始まりと別れ~

カポーティの作品を実はほとんど知らない僕がご紹介する、『おじいさんの思い出I Remember Grandpa。作家としてまだキャリアの浅い20代前半のカポーティが、彼の叔母さんのために書いた作品です(下記出典の村上春樹さんのあとがきより)。

家族のあり方を子どもの目線でシンプルに描いた本作品は、一見すると地味で、現代の読み手には物足りない部分もあるのかもしれません。けれども、いつの時代にもごく自然に受け入れられる、素朴で良質な感動を与えてくれる一冊であることは間違いありません。

出典:トルーマン・カポーティ:作/村上春樹:訳/山本容子:銅版画 『おじいさんの思い出』 文藝春秋, 1990年第11刷

 

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山のふもとの農家の男の子ボビーは、先祖代々暮らしてきた家を離れ、両親とともに山向こうの町に引っ越すことに。けれどもその新しい生活のためには、大好きなおじいさんとおばあさんを古い家に残して行かなければなりませんでした。

季節は冬のはじまり。出発を目前にひかえた一家はもう、楽しげな会話に花を咲かせることもありません。これまでずっと支え合って生きてきた家族が離れ離れになってしまう寂しさが、物語の冒頭からひしひしと伝わってきます。

人というものは一度離れてしまうと、それでもうおしまいになっちまうものなんだとおじいさんは言った。

(p. 14)

おじいさんがボビーに言ったこの言葉は、単純ですが、とても重く心にひびきます。距離的なことだけで言えば、ボビーはおじいさんに、山を越えていつでも会いに戻ることができるのです。

そもそもボビーの両親が家を出ると決めたのは、一家の稼ぎ手である父親の農業収入の安定のため、そしてボビーを学校に通わせ、将来生活に困らないようきちんと教育を受けさせるためでした。

そのことで互いに反目していた父親とおじいさんの心の溝が、もはや修復不可能だということが、先のおじいさんの台詞からも伝わってきますし、それが作品全体の雰囲気を表していると言っても過言ではありません。

末長い幸せのため、経済的な生活基盤をたしかなものとすることは大事です。が、それとひきかえに、人は時としてかけがえのないものを代償としなくてはならないこともあります。

家族の絆というかけがえのないものを失うことの辛さ、苦しさは、この作品の登場人物たちも、そして僕たち読者も、はじめから嫌という程分かりきっていることだと思います。

それでも、何かを犠牲にして何かを手に入れなくては次に進めないような状況に、僕たちは人生の要所要所にて直面し、半ば混乱しながらも乗り越えて行かなくてはならないのかもしれません。

「(・・・)俺はボビーや君や、僕ら三人のために良かれと思ってやっているだけなんだよ」

(p. 30)

そう考えると、ボビーの父親のこの台詞もまた、おじいさんのそれと同じくらいの重みを感じさせます。

……結局、誰が悪いとか、誰が間違っているとか、そういうことではないんですよね。みんなそれぞれ、自分なりの考えをもって、愛する人たちと出来るだけ長く幸せでいたいと願っている。

カポーティ『おじいさんの思い出』を読んで、しみじみとそう感じました。秋の夜長に、是非とも読んでみてください。それでは。

 


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