持たざるを得ない

年末年始をまたいで長編小説を読むのが、ここ何年かの習慣になっています。今回読んだのは、モーパッサンの『女の一生』でした。

女の一生 (新潮文庫)
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

明るい話か暗い話かと問われれば、十中八九、暗いです。主人公ジャンヌが少女時代に抱いていた純粋な人生への希望の数々が、時とともに彼女にふりかかる悲劇によって次々と絶望へと塗り替えられていく、そんな物語です。

苦しい時期、今のような状況だからこそ、こういう本を選ぶことがあります。作中人物にシンクロするというよりは、むしろ一歩離れて、その困難を客観視するという読み方もできるからです。

読者自身が抱えている苦難にどう対峙すればいいのか、そのことを作中の悲劇と照らし合わせることで、現状を少しでも冷静に見直すことができはしないか、という試みです。

過去の幸福に執着するのは良くない、というのは、ジャンヌの人生を読んでいて感じました。でも、それを人の根本的な弱さとして忌み嫌ったり、一切禁止したりしてしまうことはできないし、またするべきでもない。

良くないことがすべて悪いことだと言い切ってしまうことが、一番悪いことです。それほど単純な仕組みなら、皆とっくに満たされているはず。八方塞がりの状況で希望の光を探してみても、それが過去にしか見いだせない時は誰にでもあります。

それでも日によっては、生きていることの幸福感がひしひしと胸にせまって、ふたたび夢み、望みを持ち、待ちもうける気持になることがあった。運命がどんなに仮借するところなく苛酷であろうと、空のよく晴れわたった日には、人間はどうして希望を持たずにいられようか?

(平成3年93刷, p.363)

空と言えば、今日の新潟の天気は最悪でした。凍てつく風が猛然と吹きつけ、そうかと思えばほんのいっとき、厚い雲の切れ目から何かを期待させるような淡い陽光がのぞく。秩序も何もあったものじゃない、めちゃくちゃな空模様。人の無力を思い知らされた気がしました。

希望は持つべきもの、というより、持たずにはいられないもの。権利や選択ではなく不可抗力だと思うと、希望もまた苦しいものです。それでも、こんな時期にこの本を読んで心から良かったと思う。ただただ本が好きとしか言えません。

今日はこれで失礼いたします。

ではでは。

 

暴夜な物語

古典文学の作品をご紹介することが多い当ブログですが、短編など、ボリュームの少ない作品をよく取り上げています。

紹介文を書くうえで原典を読み返すのに自分が楽だというのが一番の理由ですが、興味を持ってくださる皆さんにとっても、なるべく手に取りやすい作品をと考えています。

源氏物語など、一度はじっくり読んでみたいけれど、原典は長いし読みにくそうだからなかなか手が出ないというのは、皆さん以上に僕自身が思っていることです。

自称ブンガク好きですが、漫画やダイジェスト本、子ども向けリライトなどにさっと目を通して、しれっと原典を読んだことにしている有名な古典がいくつもあります。

アラビアン・ナイトという名前でおなじみの『千一夜物語』もそうです。船乗りのシンドバッドの冒険や、アラジンの魔法のランプ、アリババと盗賊のお話などが有名ですよね。これが岩波文庫の完訳版だと、全13巻にも及ぶ大作です。

千一夜物語 1(完訳) (岩波文庫)
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

本棚の肥やしにするには十分すぎる厚みで、全巻ずらりと並べた光景はなかなかに良い眺めでありましょう。その分、読み切れなかった場合の後ろめたさは深刻です。

その場合、同じ岩波文庫でも、少年文庫の助けを借りることを考えます。こちらは上下巻のダイジェスト版なので、ずっと早く読み終わります。

アラビアン・ナイト 上 (岩波少年文庫)
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

しかし、大人としてこれでは物足りない。かの有名な「千一夜」を読破したと豪語するには、いささか心細い。確かに上記の少年文庫には、アラジンもシンドバッドもアリババも登場します。一見すると、これだけでもアラビアン・ナイトの世界を満喫している気分になれるものです。

しかし、「千一夜」の代表作だと思われがちなアラジンやアリババの物語は、アラビア語の原本にはありません。近世にフランス語や英語などに翻訳される過程で追加された、いわばおまけのような作品なのです。

そこで「千一夜」のことをもう少し網羅的に、かつコンパクトに教えてくれる本を探していたところ、こちらに辿り着きました。

千一夜物語―幻想と知恵が織りなす世界 (アテナ選書)
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

少し古い本ですが、解説としてもダイジェストとしても良書です。

収録されている十数話の作品も、明らかに有名どころだけを押さえたという感じではなく、どろどろした恋愛物から、歴史・宗教色の濃い作品まで、限られた紙面でもバランスよく千一夜の世界観を伝えてくれている印象がありました。

個人的には恋愛物が好きです。ただ美男子であるというだけで他に何の取柄もないダメ男のために、自らは武装し故郷である王国の軍勢と戦い実の兄三人の首をはねた美女の物語など、唖然としました。

しかも、波乱に満ちたそのカップルが迎える結末が、「末長く幸せに暮らす」というもの。やはり物語とは本来こうでなくてはいけないと、改めて思わされました。

少年文庫の解説で読んだと記憶していますが、明治時代に「千一夜物語」が初めて邦訳されたときのタイトルが、『開巻驚奇暴夜物語』。「暴夜」と書いて強引に「あらびや」と読ませたそうですが、さっきの殺戮美女の物語などを思えば、言い得て妙な当て字ですよね。

このようにして、完訳の全集を読むことを断固拒否し、何冊かの薄い本を読むだけでも、いくらかは本家本元の世界を知った気になれるものです。本好きのアプローチとしてはもちろん悪例です。お許しください。

それでは。