『文芸しばた』第50号に短編小説「向こう側へ」が掲載されました。

『文芸しばた』に短編小説「向こう側へ」を掲載していただきました。運営委員会の皆さま、今年もありがとうございました。

文芸しばた第50号(表紙)

昭和50年の創刊より続く、文芸を愛する人々の思いと活動の歴史、その記念碑たる第50号に作品を発表させていただけたこと、心より嬉しく思います。

※『文芸しばた』とは? 初めてご紹介した時の記事もどうぞ。

「文芸しばた」 ~まちのみんなの文芸誌~

『文芸しばた』の詳細は、新潟県新発田市公式ホームぺージ
https://www.city.shibata.lg.jp/ をご覧ください。

※上記トップページの「総合メニュー」より、お手数ですがサイト内検索( 「文芸しばた」 )をお願いいたします。

今回掲載いただいた短編小説「向こう側へ」では、コロナ禍での日常の何気ないワンシーンを描いています。

希薄さに拍車のかかる他者とのつながりを、そのままのかたちで描き切ることを意識しました。

今こうしている間にも時代がどんどん動いていく中で、遅まきながらも作品として残しておきたかったテーマです。

よろしければご一読ください。

寒くなってきましたね。

暖かくしてお過ごしください。

それでは。

 

something to write with

ここ数か月の間に、筆記用具をいただく機会が2度もありました。

 

ボールペン(waterman)

こちらのボールペンは、昨年11月の『絵描きのサトウさん』の受賞のお祝いにと、大学時代の先生がプレゼントしてくださったものです(受賞についてのお知らせはこちら)。

古典などまったく興味のなかった19歳の僕に、先生は文学の面白さと奥深さを教えてくれました。英米文学入門の講義で紹介されたシェイクスピアやヘミングウェイなどをはじめ、手あたりしだい次から次へと読むようになりました。

勉強とはいえ節度をわきまえない馬鹿な教え子は、一時期は寝食を忘れるほど熱中して心身不調に陥り、先生から「しばらく本を読むのはやめなさい」と言われてしまったのも(まさかのドクターストップ)、今となっては良い思い出です。

先生と出会っていなければ、小説を読むだけでなく、ライフワークとして書き続けていこうと思えるほどにまで文学にのめり込むことはなかったと思います。佐藤紫寿の原点、生みの親ともいうべき恩師です。

今のところ、ボールペンは普段使いするには恐れ多くて(笑)机の上に置いて眺めたりしていますが、これからきちんと使っていきたいと思います。

 

万年筆

さて、こちらはつい先日ある方からいただきました。

かなり年季の入った万年筆で、細かい傷や補修の跡があります。その方が何十年も大切にされてきたものです。

僕は万年筆初心者ですが、カートリッジを交換してインクも馴染んできたところで試し書きをしてみると、ペン先からカリカリと伝わってくるほどよい固さの書き心地がどこか懐かしくて、字を書くのが楽しくなります。

ある方、などと他人行儀な表現をしてしまいましたが、僕の執筆活動をいつも応援してくれるだけでなく、一人の人間として多くを語らずとも互いに理解し合える(年齢は親子くらい離れていますが)、そんな方です。

大学時代の恩師が物書きとしての生みの親なら、万年筆をくれたその方は、佐藤紫寿の育ての親といえます。

物を書く人間がペンを贈られるというのは、何かの象徴というにはあまりにストレート過ぎる出来事ではあります。とにかく書け、書いて書いて書きまくれ、というメッセージにしか解釈できそうにありません。

けれども、人と人とのつながりは身にしみて感じました。書くという行為は結局のところ自分のため、独りよがりの自己表現だとしても、それを見守ってくれる方たちの存在があればこそ成り立つものということなのでしょう。

書くのは、言われなくたって書きますよ(笑)。なんて言いつつ……お二方とも、本当にありがとうございます。どうかいつまでも、お元気で。

それでは。