#15 マリー・ド・フランス 『二人の恋人』 ~男の意地~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

15回目です。中世のノルマンディーを舞台とした、いにしえの恋の物語をご紹介します。

十二の恋の物語―マリー・ド・フランスのレー (岩波文庫)
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

★     ★     ★

#15 マリー・ド・フランス 『二人の恋人』 ~男の意地~

マリー・ド・フランス、つまり「フランス生まれのマリー(Marie de France)」は、フランスの文学史に登場する初めての女性作家(詩人)です。日本での紫式部みたいな位置付けになるのでしょうか。本名をはじめ、彼女の全容は謎に包まれていますが、時代は紫式部より後の12世紀後半とされています。そんな古の時代の女性作家の「レー」と呼ばれる物語詩の中から、今回は『二人の恋人』という作品をご紹介します。

出典:月村辰雄訳 『十二の恋の物語 マリー・ド・フランスのレー』 岩波文庫、2000年第3刷

 

★     ★     ★

今ではノルマンディーと呼ばれる、かつてのネウストリアの地には、

目もくらむほど高い山がそびえ、頂きに若い男女が葬られている。

(p. 134)

冒頭からロマンチックな感じですね。

物語は「レー」という形式で、詩(あるいは歌詞)のような文章でリズムよく語られます。竪琴か何かを奏でながらしっとりと歌い語るイメージがあったのですが、実際そうだったのかもしれません。詳しくは前掲書の解説を読んでみてください。

若い男女の恋の悲劇を描いた『二人の恋人』は、ネウストリアの山裾に築かれた王国の、美しい王女が物語のヒロインです。王は一粒種の娘を溺愛するあまり、彼女に求婚する男たちにこんな無理難題をふっかけます↓

すなわち、王女を妻に望むのであれば、彼女を両腕にかき抱き、

町を出てから山の頂きまで、一切休息せずに運び上げるよう、

決定し布告するものであるから、これをしかと覚悟するように。

(p. 135)

この求婚試験に多くの男たちが挑みましたが、誰一人として成功しませんでした。「目もくらむほど高い山」ですから無理もありません。

それにしても、この試験の間だけでも王女は数多くの男たちの腕に抱きかかえられ、そのたくましい胸にぴたりと身を寄せるわけです。王様、ヤキモキしないものでしょうか。

さて、王女は一人の若者と両想いの関係にありました。心優しきその若者は、決して屈強なタイプの男ではありません。王女を抱きかかえて山頂まで運ぶ自信などなく、苦しみ悩んだ末、駆け落ちするより他にないと弱気になります。すると王女はこんなことを言いました。

私、よく存じておりますが、あなたは決してお強くないのですから、

私を頂きまでは運べません。けれども、一緒に駆け落ちしましたら、

父は悲しみ、そして怒り、拷問の苦しみを受け続けることでしょう。

私、父をいとおしく思いますから、立腹させたくはありません。

(p.137-138)

結構ヒドイ女性だなと思います。 「あなたならきっとできるわ!」と励ますわけでもなく、父親への愛情と恋人への想いとを天秤にかけた挙句、王女は若者が自分を抱えて山頂まで到達できるように、とある反則まがいの手助けを持ちかけるのです。

ここから先は、是非とも物語を読んでみてください。

愛する人に自分の力ひとつを信じてもらえない男が、愛する人のためにどんな行動をとるのか――誰にも期待されていなくたって、自分が自分を信じてさえいれば、どんなことでも成し遂げられる。……心が折れなければね。

2016年初投稿でした。皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。それでは。

 


おすすめ文学作品リスト
https://shinovsato.biz/recommendation-list/

佐藤紫寿 執筆・作品関連の記事(更新順)
https://shinovsato.biz/category/information/works/

 

#10 バルザック 『ゴリオ爺さん』 ~親父の中の親父~

「おすすめ文学 ~本たちとの出会い~」

10回目。偶然にもこの作品を「父の日」に紹介することになりました。

ゴリオ爺さん
ゴリオ爺さん (新潮文庫)
(↑書名をタップ/クリックするとAmazonの商品ページにリンクできます。)

 

★     ★     ★

#10 バルザック 『ゴリオ爺さん』 ~親父の中の親父~

フランスの作家バルザックHonoré de Balzac, 1799~1850)の代表作である『ゴリオ爺さん (Le Pére Goriot, 1835) 。「父性のキリスト」と称されるゴリオ爺さんのように、愛する娘に「与えるばかり」をモットーに、父の日はむしろ娘さんに贈り物をするのもアリかもしれません。

出典:バルザック著/平岡篤頼訳 『ゴリオ爺さん』 新潮文庫、平成十八年34刷

 

★     ★     ★

製粉業者として財を成し、パリの上流階級に二人の娘を嫁がせたゴリオ爺さん。舞踏会だの、晩餐会だの、セレブの社交界で娘たちの虚栄心を満たすのに必要な大金を援助してやるため、自分は薄汚い下宿の最下等の部屋で爪に火をともすような倹約生活に甘んじています。

そんなゴリオ爺さんに娘たちは感謝をするどころか、労働階級の垢抜けない父親の存在を疎んじ、お金をせびる時でもない限り会おうともしません。ツンデレとかそういう次元ではなく、もはや虐待に近いと言えます。それでも、父は娘が喜んでくれさえすれば自分のことなどどうでもいいのです。

「あの子たちの喜ぶのが、わしの生き甲斐じゃでな。(・・・)夕方、あの子たちが舞踏会へ行くために家を出るとき、わしが娘たちに会いに行くのが、法律にそむくとでもいうのかね?(・・・)ある晩などは、二日前から会っていなかったので、ナジー(長女)の顔を見るために、朝の三時まで待ちましたな。嬉しくて危うく死にそうでしたわい。」

(p. 204~205、下線部分は補足)

ゴリオ爺さんの娘への依存度はすさまじいものがありますが、娘を持つ父親なら、彼のこの気持ちがまったく理解できないなんてことはない筈です。けれども、ゴリオ爺さんは普通の父親とは少し違うところもあるようです。

というのも、とかく世の父親という生き物は、娘の恋人(なぜか婿というよりも)に対して奇妙なライバル心のようなものを抱き、必要以上によそよそしく接したり、自分を誇示するような態度をとったりと、ある種の威嚇めいた言動をしがちです――しかし我らがゴリオ氏は、娘に笑顔をもたらす男のためならば、喜んでその男の「長靴を磨き」、「使い走り」(p. 230)をする人なのです。

その恋人の男こそ、本作品のもう一人の主人公で、ゴリオ爺さんと同じ下宿の隣人である貧乏学生、ウージェーヌ・ド・ラスティニャックです。情熱的で心の優しい青年は、ゴリオ爺さんの苦しみを理解し労わる「親孝行の息子」の側面を持っています。

「あの気の毒な老人はずいぶんつらい思いをしてきたんだ。彼は自分の苦しみについてはひと言も言わないが、それが察しられない男がいるだろうか? よし! おれが自分の父親みたいに面倒をみてやろう、彼にうんと楽しい思いをさせてやろう。」

(p. 346~347)

もちろん、パリという人生の戦場で一旗揚げようと目論む野心家としてのラスティニャックを、優しさだけで語れるものでは到底ありません。そもそもこの小説は、そこに描かれるテーマにしても、数多くの魅力的な登場人物たちが織りなすドラマにしても、はてしなく複雑で濃厚な作品なのです。

今回はやはり「父の日」を意識した紹介文になりました。最後に――父親として、男として、日々の努力の汗に滲んだ無口な後ろ姿を、子供たちはこちらが思っている以上に理解し、感謝してくれている……僕はそう信じています。ラスティニャックがゴリオ爺さんに対してそうであったように。

それでは。

 


おすすめ文学作品リスト
https://shinovsato.biz/recommendation-list/

佐藤紫寿 執筆・作品関連の記事(更新順)
https://shinovsato.biz/category/information/works/