戻りました。

二か月以上もごぶさたしてしまいました。

生活のための仕事とはいえ、こんなに長いこと物書きの世界を留守にしてしまっては、のこのこと姿をさらすのもさすがに気が引けます。

いつも僕をあたたかく見守ってくれた小説の神様も、今回ばかりはオカンムリと見え、てめえ、どの面さげて戻ってきやがった、なんていつになく口調も荒々しい。言い訳もそこそこに、これからは性根を入れ替えて精進いたしますから、どうかもう一度、私を小説の世界に戻らせてください。平身低頭、ゆるしを請うも、虫のいいこと言うんじゃないよ、今度ばかりはたっぷりとお灸を据えてやるから覚悟しやがれ。どこから持ち出したのか、六尺棒なんて物騒なモノをぶん回して追いかけてきた。その鬼のような形相に、神様の威厳も何もあったもんじゃなく、逃げ回っているこっちが気の毒になってきた。いつの世も、我が子を改心させようと思ったら、ここまでやるのが親心。お後がよろしいようで……

落語っぽく書いてみました(笑)。

モチーフは「六尺棒」という古典落語で、夜遅くに酔って帰った道楽息子に怒り心頭の父親が、六尺棒を持って我が子を追いかけまわすという話。下記のダイジェスト本に面白い話がたくさんあります。

滑稽・人情・艶笑・怪談 古典落語100席 (PHP文庫)
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ようやく、創作活動を再開できそうです。ブランクが長すぎて変な文章しか書けませんでしたが、少しずつ慣らしていきたいと思います。皆さま、どうか引き続きよろしくお願いいたします。

それでは。

 

小松菜と薔薇

小松菜を切っていたら、薔薇が咲きました。

小松菜(薔薇)

根っこからかなり離れたところを切ったのですが、自分でもどうしてこんなもったいない切り方をしたのかよく覚えていません。

いつものように根っこぎりぎりのところで切っていれば、こんな切り口は見られませんでした。しょうもないかもしれませんが、何だか妙に感動しました。

薔薇といえば、小川未明「薔薇と巫女」という作品があります。下記の作品集(ちくま文庫)に収録されています。

小川未明集―幽霊船 (ちくま文庫 文豪怪談傑作選)
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登場人物の「彼」は、香りのない黄色い薔薇の花を夢に見ます。そして夢から覚めると、病身だった母親の死に直面するのです。

その後、死んだ人間を呼び戻すことができる巫女の話を人づてに聞き、彼女の住むという町を訪ねるも、そこには屋敷の跡のみが残され、もはや人の気配もない。

そもそも死者を呼び戻すという逸話も、巫女の存在すらも、「彼」の視点では嘘なのか本当なのか判別がつかない――物語のフレームそのものが幻で出来ているかのような不思議な作品です。

「まだ、いつか見た夢を思っているかえ。」

(出典:2008年第1版、p.221)

友人からそう言われる「彼」。いつか見た、香りはないけれど確かに色彩を持つ薔薇の夢が、「彼」の辿った現実世界とどこまでリンクしているのか、色々と考えさせられます。

きっと、夢と現実の間(あわい)とでもいうべき、ものすごく微妙な精神世界の切れ目にこそ、幻の薔薇は咲くのでしょうね。

小松菜にも、この切り口でしか咲かない薔薇があるくらいですから(笑)。

何の話をしているのかさっぱり分からなくなる前に、今日はこれにて失礼いたします。

それでは。