クロズリー・デ・リラ ~パパのいた場所~ (2/2)

前回の続きです)

ぼ、Bonjour… 緊張しすぎて蚊の鳴くような声であいさつする僕を、面長で品のよい若いギャルソンが笑顔で迎えてくれました。

準備していたフランス語はまちがいなく通じていませんでしたが、いくら何でもあの大作家の名前は伝わったらしく、ヘミングウェイが座っていたというバーカウンターに案内してもらいました。

ヘミングウェイの指定席

ギャルソンの方に撮影OKか伺ったところ、快諾していただきました。フラッシュをたけばもう少し鮮明にご覧いただけたのかもしれませんが、この場所では、やめておこう。何故だか自分でそう決めてしまったのです。

注文したのは、カフェ・クレーム。この席ではバーボンをよく飲んでいたというヘミングウェイですが、執筆する際は、テーブル席でカフェ・クレームを頼んだそうです。

ヘミングウェイのプレート

「E. Hemingway」 と刻まれたプレートです。(1枚目の写真だと、カフェ・クレームの手前に見えるのがそうです)

こんなふうに、著名人が好んで座った席には、彼らの名を刻んだ真鍮のプレートが打ち付けてあるのです。ほの暗い室内でカフェ・クレームの湯気越しに眺める憧れの作家の名前は、僕の目に濃い光を投げかけて映りました。

今もなお、人々から「パパ」という愛称で親しまれるヘミングウェイ。物書きという立場からすれば、パパと呼ぶにはあまりに遠い存在です。でもいつの日か、僕なりにひとつの大仕事をやり遂げた暁には……またここに戻ってこよう。そう決意しました。

そのときは、バーボンを注文しようと思います。

 

クロズリー・デ・リラ ~パパのいた場所~ (1/2)

こんばんは。

前回の「おすすめ文学」ではフランスの作家モーパッサンを取り上げましたが、今回は僕自身が数年前に訪れたフランスについて、ちょっとした思い出話にお付き合いいただけたらと思います。

20代後半からずっと追い続けていた、作家になるという僕の夢。

そのスタート地点にようやく辿り着いた年――初めての自分の本を出版することができた、今から3年前の2012年のことです。かねてから、自分の処女作が世に出た暁には、どうしても行きたいと思っていた場所がありました。

クロズリー・デ・リラ

それがこちら。パリ南部、芸術の中心地モンパルナスの大通り沿いにあるカフェ、「クロズリー・デ・リラ(La Closerie des Lilas)」です。

モンパルナスは、僕の大好きな作家アーネスト・ヘミングウェイゆかりの地です。作家として身を立てる決意を固めた若き日のヘミングウェイはこの街にアパートを借り、「クロズリー・デ・リラ」で執筆に励んだのです。

店は手入れの行き届いた植え込みに囲まれていて、通りからはその外観を見ることがほとんどできません。パリのあちこちで目にする典型的なオープン・カフェとは趣が異なり、昼間の喧騒のなかでも清閑な雰囲気が漂っていました。

リュクサンブール公園

開店時間の1時間前にモンパルナスに着いてしまったので、カフェからほど近くのリュクサンブール公園まで歩き、噴水を眺めていました。内心そわそわしながら、腕時計を何度も覗いていた記憶があります。

カフェに入ったらお店の人に言おうと準備していた、「ヘミングウェイの座っていた席に案内してください。」という意味(のつもり)のフランス語を心の中で繰り返し練習しながら――

いざ、「クロズリー」へ……(次回に続く)